間章 旅行 1日目(7)
初めて気付いた。肌と肌を触れ合わせると、凄く気持ちいいの。安心する…。どうしたらいいのか分からなくて、パニック寸前だったのに少しだけ落ち着いてきた。それでもドキドキと胸の動悸は止まらないけど。
枕元のスイッチを使って、総司さんが部屋の電気を消した。わたしたちには見えるけれど、それでも気分的に明るいのと暗いのでは違うかな? 実はそんなこと考えていられたのは一瞬だけだった。
だってそこからは、信じられないようなことの連続だったの。何も考えていられなくて、必死で総司さんにしがみついていた感じがする。
どのぐらい時間がたったのかな。嵐のような時間が過ぎ去って、温かい腕に守られる。幸せってこういうことを言うんだろうなって、ぼーっとそんなことを考えていたら、総司さんの瞳が私のことを覗き込んできた。
「彩乃さん」
総司さんが愛おしそうにわたしを呼ぶ声を聞いて、わたしの中に一つの気持ちが浮かび上がったの。好きな人には名前だけで呼んでもらいたい。
「彩乃って呼んでください…。あなたのものだと…わかるように」
「彩乃さん?」
「わたし…総司さんのものになりたい…。だから…彩乃って呼んでください」
「彩乃」
そう呼ばれて、トクンと心臓が音を立てた。
「それと…」
わたしは総司さんの前髪に触れた。柔らかくてふわふわした総司さんの髪の毛。
「丁寧な言葉で喋らないで」
「はい?」
「わたしだけ特別扱いしてほしいんです。総司さんの普通の言葉で喋って」
丁寧な言葉を崩さない人だから…だから、わたしの前では普通に喋って欲しい。
「これは癖みたいなもので…」
「でも、わたしには違うあなたを見せてほしいんです」
総司さんがわたしの手を取ってキスをする。
「じゃあ、彩乃…あなたも」
「はい?」
「私にも甘えてください。普通に喋ってください」
「はい」
小さな声で答えれば、総司さんがちゅっと唇に軽くキスを落としてきた。
「彩乃」
総司さんがわたしの名前を、名前だけを呼ぶ。たったそれだけのことなのに、耳に響く声が身体の中に広がっていく。
「一生。私の命が消えるまで、大事にするから。傍にいるから」
総司さんは誓うように言って、わたしを抱きしめる腕に力を込めた。
「総司さん」
「何?」
「お願い。わたしよりも先に死なないでね」
総司さんが苦笑いする。
「わたしを置いていかないでね」
思い出されるのは、骨と皮だけになって死ぬ間際だった総司さんの姿。もうあんな姿は見たくないの。
「置いていかれるのは怖いから…」
総司さんの手がわたしの頭を撫でる。
「出来る限り努力する」
「嫌。約束して」
総司さんが困った顔をした。
「嘘でもいいから。お願い。わたしよりも先に死なないって約束して」
「彩乃」
「お願い」
総司さんの手がわたしの頬を撫でる。
「いい加減な気持ちで彩乃と約束したくないから、それはできない。でも努力する。それだけで今は許して。それに彩乃を置いて死ぬ気はないから」
「総司さん…」
総司さんにしがみつく。分かってるの。総司さんは真面目な人だから、いい加減な約束をできる人じゃない。でもわたしは一度見た光景が怖くて、怖くて、言葉が欲しかった。




