表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
373/639

間章  旅行 1日目(7)

 初めて気付いた。肌と肌を触れ合わせると、凄く気持ちいいの。安心する…。どうしたらいいのか分からなくて、パニック寸前だったのに少しだけ落ち着いてきた。それでもドキドキと胸の動悸は止まらないけど。


 枕元のスイッチを使って、総司さんが部屋の電気を消した。わたしたちには見えるけれど、それでも気分的に明るいのと暗いのでは違うかな? 実はそんなこと考えていられたのは一瞬だけだった。


 だってそこからは、信じられないようなことの連続だったの。何も考えていられなくて、必死で総司さんにしがみついていた感じがする。


 どのぐらい時間がたったのかな。嵐のような時間が過ぎ去って、温かい腕に守られる。幸せってこういうことを言うんだろうなって、ぼーっとそんなことを考えていたら、総司さんの瞳が私のことを覗き込んできた。


「彩乃さん」


 総司さんが愛おしそうにわたしを呼ぶ声を聞いて、わたしの中に一つの気持ちが浮かび上がったの。好きな人には名前だけで呼んでもらいたい。


「彩乃って呼んでください…。あなたのものだと…わかるように」


「彩乃さん?」


「わたし…総司さんのものになりたい…。だから…彩乃って呼んでください」


「彩乃」


 そう呼ばれて、トクンと心臓が音を立てた。


「それと…」


 わたしは総司さんの前髪に触れた。柔らかくてふわふわした総司さんの髪の毛。


「丁寧な言葉で喋らないで」


「はい?」


「わたしだけ特別扱いしてほしいんです。総司さんの普通の言葉で喋って」


 丁寧な言葉を崩さない人だから…だから、わたしの前では普通に喋って欲しい。


「これは癖みたいなもので…」


「でも、わたしには違うあなたを見せてほしいんです」


 総司さんがわたしの手を取ってキスをする。


「じゃあ、彩乃…あなたも」


「はい?」


「私にも甘えてください。普通に喋ってください」


「はい」


 小さな声で答えれば、総司さんがちゅっと唇に軽くキスを落としてきた。


「彩乃」


 総司さんがわたしの名前を、名前だけを呼ぶ。たったそれだけのことなのに、耳に響く声が身体の中に広がっていく。


「一生。私の命が消えるまで、大事にするから。傍にいるから」


 総司さんは誓うように言って、わたしを抱きしめる腕に力を込めた。


「総司さん」


「何?」


「お願い。わたしよりも先に死なないでね」


 総司さんが苦笑いする。


「わたしを置いていかないでね」


 思い出されるのは、骨と皮だけになって死ぬ間際だった総司さんの姿。もうあんな姿は見たくないの。


「置いていかれるのは怖いから…」


 総司さんの手がわたしの頭を撫でる。


「出来る限り努力する」


「嫌。約束して」


 総司さんが困った顔をした。


「嘘でもいいから。お願い。わたしよりも先に死なないって約束して」


「彩乃」


「お願い」


 総司さんの手がわたしの頬を撫でる。


「いい加減な気持ちで彩乃と約束したくないから、それはできない。でも努力する。それだけで今は許して。それに彩乃を置いて死ぬ気はないから」


「総司さん…」


 総司さんにしがみつく。分かってるの。総司さんは真面目な人だから、いい加減な約束をできる人じゃない。でもわたしは一度見た光景が怖くて、怖くて、言葉が欲しかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ