第3章 新たな出会い(8)
「かわいそうなことしちゃったかな…」
しばらくしてから、ぽつりと僕が呟くと、リリアがばっと顔を上げた。
目を見開いて僕を見る。
「どういうこと?」
僕に詰め寄らんばかりに、リリアが言った。
「ん? なんかかわいそうだったかなって」
リリアの勢いに押され気味になりながらも僕がそう言うと、リリアの頬が見る見るうちに赤くなった。いや、頬だけじゃない。顔全体が赤くなっていく。照れてるのではなくて、それは怒りの表情だった。
「俊にい!」
「何」
なんで怒っているのか分からずに、僕はリリアを見た。
「俊にいは酷いよ。じゃあ、あたしはいいの? 血を吸ってもいいの?」
「い、いや、そういうわけじゃ…」
「俊にい! あたしだって、俊にいの妹なんだよ」
「わかってるよ」
「違うっ! わかってない! 俊にいは、あたしのことを妹だと思ってないよ!」
「そんな」
『そんなことない』という僕の言葉はリリアに遮られた。
「じゃあ、どうして俊にいは、あたしには可愛いって言ってくれないの? どうしてあたしの頭はなでてくれないの? いつも彩乃ばっかりじゃん。彩乃ばっかり大事にされてる! あたしは…。あたしだって…。あたしだって俊にいの妹なのに! 二人っきりの家族なのに! あたしだけ一人みたいじゃん!」
「リリア…」
涙がもう少しでこぼれそうな目で、リリアは僕を睨んでいた。
でもそれはとっても悲しそうな目で…。
なんと言っていいか分からずに、リリアの頭に手を伸ばす。僕の手が彼女の頭に届かないうちに、がくん…いきなりリリアの身体から力が抜けた。
落ちてきた身体をとっさに支える。呆然としながら、抜け殻のようになった身体を抱きかかえたところで、総司が僕らを見つけて駆け寄ってきた。
「彩乃さん? 大丈夫ですかっ!」
「怪我とかじゃないから、ちょっと気を失っちゃったみたいで…」
僕が慌ててごまかすと、総司は理解したとばかりに頷いた。
「こういう斬りあい、初めてですよね」
「うん。そうだね」
困ったような、泣きそうな顔でへにゃりと笑うと、総司は僕に背を向けてしゃがみこんだ。
「何?」
「どうぞ。彩乃さん、運びます」
いいよ…って言おうとして、僕は自分が血まみれなことに気づいた。幸い総司はあまり血を浴びていない。あれだけ斬ったのにね。
「ありがとう」
そう言って彩乃を総司の背に預けた。
皆は先に屯所に戻ってしまったらしく、残っていたのは僕たちだけだった。
とぼとぼと屯所への道を歩きながら、空を眺める。行きはすごく綺麗だと思ったのに。いい天気だと思ったのに。僕の心一つが変わってしまっただけで、鳥の鳴き声すらうっとうしいと感じてしまう。
「なんでこんなに殺しあうんだろう…。人間の人生なんて短いのに」
僕は思わず吸血鬼として呟いてから、失言したことに気づいた。でも、総司はそれを一般的な言葉として解釈したようだった。
「そりゃあ、それぞれ信じるものがあるからに決まってるじゃないですか」
「総司は、やっぱり…将軍様を守りたいから? 異国が嫌いだから?」
僕の言葉に総司は苦笑した。
「私は近藤さんに魅せられたんです。近藤さんを支える土方さんにも惹かれました。二人についていきたいって思って、ここまでついてきたんです」
よいしょっと彩乃をおぶりなおす総司に、代わろうと言おうと思ってやめた。
自分が血まみれなのもあったけど、総司が幸せそうな顔をして彩乃の横顔を見たから。
「近藤さんって、穏やかで、笑うとえくぼができて。こういってはなんですけど、かわいいと思うんですよね。でも間違ったことに対しては容赦しない。すごく器の大きな人なんですよ」
総司はまっすぐに、ずっと先を見ながら語った。
近藤さんを本当に尊敬しているんだなって思う。
そして、その視線をふっと足元に落とした。
「まあ、異人は嫌い…かな。実際、よくわからないんですけどね。みんなが殺そうって言ってるから、一緒にそう言ってるだけで」
思わず僕は頭を抱えそうになる。
僕なんか生まれたのはイギリスで…そういう意味では異人で…。
っていうか、人間ですらないよ…。
まいったなぁ。
苦笑いするしかないよ。




