第6章 千客万来(1)
四月も半ばの夜。いつものようにダイニングテーブルで彩乃が大学で出た課題をやっていて、総司がその隣で僕が買ってきた問題集をやっている。
僕もいつものようにリビングの二人用のソファで寝転んで本を読んでいた。
「お兄ちゃん。わたし、ゴールデンウィークに旅行に行きたいの」
いつの間にか彩乃が僕の傍に来ていた。まあ、本を読んでいるときに話しかけてくるのはいつものことだ。
「いいよ。どこへ行きたいの?」
ゴールデンウィークと言えば、二週間ぐらい先だ。本に視線を落としたまま、そう答えれば、彩乃は居心地が悪そうに身じろいだ。
「えっと…お兄ちゃんとじゃなくて…」
その言い方に含みを感じて、本から彩乃に視線を移す。彩乃はどことなく言いにくそうにモジモジしている。
「誰と? どこへ?」
「えっと…大学のお友達と…サークル合宿で…」
「うん。行けば」
「それで…総司さんも一緒に来たらって…」
ふーん。総司ねぇ。
寝転がったままソファの端から首だけ出して、総司のほうを見れば、総司は澄ました顔をしている。でも…何かが飛んできた。
例の眷属と主の絆ってやつだ。総司のそわそわしたような、不安なような、僕のほうを伺うような感情が飛んでくる。
なるほどね。これは友達とかサークル合宿っていうのは、嘘だな。彩乃が僕に嘘をつこうとするなんて初めてで…心中穏やかじゃないけど。
でもきっと…年頃の娘としては普通の行動なんだろう。ちょっと寂しいけどね。
僕は分かっていたけど、そ知らぬふりをして声をかけた。
「何を心配してるの? 総司。僕の反応が気になるみたいだねぇ」
そう言ったとたんに、感情にオロオロした感じが混じる。でも表情は澄ました顔のまま。やるなぁ。総司。
でも無駄なんだよね。ふぅっと息を一つ吐き出して、身体を起こす。そして僕はもう一回、彩乃に訊いた。
「で? 二人っきりで、どこへ行きたいの?」
ビンゴ。
彩乃と総司の顔が赤く染まった。
二人で京都へ行きたいという話で…まあ、色々思うところはあるけれど…仕方ない。反対する理由はないし。
結婚っていうのは割りと曖昧な制度だ。日本では法律の中で規定されていて、戸籍で把握されているから結婚という制度がきちんとあるように見える。しかしその規定がなかったら二人が結婚したと思ったら結婚だし、分かれたと思ったら離婚だ。始点を人為的に作らないといけない分、親子関係などより緩いよね。
だから神様の前で誓ったりして儀式をきちんとするんだろう。
とりあえず僕らの種族で言えば、わりとそのあたりは曖昧で、別に何か届け出るわけではない。男女が二人で暮らせば、まあ結婚したって感じかなぁというものだ。
総司と彩乃について言えば、実のところ僕としては既に夫婦みたいなもんだと思っていたりする。二人には言ってないけど。
僕は素直に話をした彩乃と総司の前であっさりと認めた。
「行ってくれば。新撰組の跡地を見たいんでしょ」
逆に彩乃のほうがびっくりしたみたいだ。思わず返事が詰まる。
「う、うん」
まったく。でも自立的精神は大事だからね。だからついでに付け足す。
「きちんと日程決めて、費用の計算して。二人にお金を貸してあげる」
「え?」
彩乃が目を丸くした。僕におんぶに抱っこをしようと思ってたら甘いよ。
意味を取れなかった二人に、僕はにっと笑って言葉を重ねる。
「行くなら自分たちのお金で行きなさい。だから貸すだけだよ。いつか返して」
一瞬二人で顔を見合わせてから、声をそろえて「はいっ」という声が返ってきた。
総司と彩乃はそれから本を見たり、インターネットで調べたりしながら、旅行計画を練り始めた。
なんか…寂しいなぁ。娘を嫁に出す父親って感じ?
ま、いいけどね。二人が幸せだったらそれで。




