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第5章  牽制? 威嚇?(13)

 ふと思いついて総司の部屋をノックすれば、「どうぞ」という声が返ってくる。


「総司」


 総司の部屋に入れば、総司が慣れない手つきでマウスを操作して、インターネットにアクセスしていた。


「何してるの?」


 くるりと振り向いて僕の顔を見ると、総司がはぁっとため息を吐く。


「よくもまあ、あんなに上手に説明しますね」


 ああ、聞こえてたのか。


「まるで違う話に聞こえました。私が現代にいて、二人に剣術を教えていたみたいです」


「そりゃそうでしょ。意図して背景を抜いて話してるから」



 人間が話を理解するときには、無意識に自分で枠を作って話を聞く。見当をつけるって言ったほうがいいかな。


 例えば「三振」「キャッチャー」「ピッチャー」と出れば、野球の話という枠を作るわけだ。


 それを利用してやれば、意外にいろんな話をこちらの都合に合わせて勘違いしてもらうことができる。



「一つ、面白い実験をしようか。総司」


「実験ですか?」


 僕は頷いて、頭に浮かんだ文章を総司に伝える。


「朝もやの中、男は周りを起こさないように気を使いながら、静かに建物から抜け出した。外の空気は凜としていて気持ち良く、建物のすぐ傍にある森は静かで、朝日が水滴にあたってキラキラとしている。それはまるで、今日一日の幸運を男に約束しているようだった」


 そこで言葉を切って、総司を見る。


「さて。これ、どんなシーンだと思う?」


「散歩…ですか? 早朝の散歩ですよね? それともどこかへ出かけるところ?」


「うん。多分、普通はそう考えると思う」


 そしてにやりと嗤ってみせた。


「実は、この文章の題名は『脱走』」


 そう言ったとたんに、総司が目を見開いた。


 僕はもう一回、ほぼ同じ文章を聞かせた。


「たしかに…そう言われれば…脱走に聞こえます」


「うん。どちらにもなるように文章は作られている。そこに理解するための枠をかけてやるんだよ」


 そう説明すると、総司は顔をしかめて僕を見た。


「なんか…俊…、やけにそういうのに詳しいですよね」


「まあね。嘘はあまりつきたくないし、でも本当のことは喋りたくないし…喋れないし…って考えてたら、そういうのに詳しくなったんだよ」


 総司が呆れたように僕を見る。


「俊の印象が…どんどん変わっていきます」


 あはは、と僕は笑った。笑うしかない。


「最初から、僕は僕だよ。どう見えていたかは別にして」


それから僕はひょいっと総司が開いていた画面を覗きこんだ。それは…新撰組のこと書いてあるページだった。


 総司がため息をついて机の上のパソコンを振り返る。


「ずっと気になっていたんです」


「ああ…そうだろうね」


 僕は総司を見た。総司は悲しそうな表情を浮かべた。


「近藤さん…わたしが臥せっているときに…すでに亡くなっていたんですね」


「そうだね」


「文が来るわけがない…」


 とたんに聞こえる階下の楽しそうな笑い声。まるでこの部屋だけ、幕末に戻ったみたいだ。


「総司…」


「みんな…亡くなってしまいました」


 じわりと俯いていく総司。僕は彼の肩に手を伸ばして、ゆっくりとその肩を叩く。


「冥福を祈るしかないね。人間は…皆、僕らより早く逝く。遅かれ…早かれ…」


 総司が顔をあげた。


「いつも残されるけれど…でも…残される悲しさよりも、会えたことのほうを喜ぼうと思ってる」


「そう…ですね」


「本当につかの間だったけど…彼らと一緒に居て…僕は楽しかったよ」


「そ…う…です…ね」


 声が掠れて、総司が再び顔を伏せた。僕はそっと彼の肩から手を離すと、部屋を出て、ドアを閉めた。


 階下からは、彩乃たちの楽しそうな声が続いている。彩乃が彼女たちと過ごせる時間も、本当に一瞬だ。それでも…この楽しかったひと時のことを、彩乃は忘れないだろう。


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