第5章 牽制? 威嚇?(9)
「えっと、とにかく居候は断る」
「ダメですか。じゃあ、通いでも。ここだったら自転車ですぐなんで」
「通ってもいいけど、僕が教えられることなんて、キリスト教のことだけだよ。牧師だから」
「いや、お兄さんじゃなくて、総司さんっていう人に教えてもらいたいんです」
はい?
「やっぱカッコいいじゃないですか。どうしたら、ああなれるか教えてもらいたくて。近くに居たら、なれるかなって考えました」
いや、考えるのは勝手だけどさ。
「睨まれたときのオーラが違うっていうか。俺、男として惚れました」
総司、こいつのこと睨んだっけ?
「とにかく、俺、もうぜってぇ勝てねぇって思って。それですっげぇ考えったっていうか? とにかくやるしかねぇって思って」
そう話をしているところで、かすかに蝶番がきしむ音がして、ひょこりと総司が顔を出した。
「俊、何やってるんです? それに…」
ヤナセくんを見て、ぎょっとする。一方でヤナセくんは、姿勢をぱっと正した。
「先生! 俺を入門させてください」
いやいや。待ってよ。勘弁してください。総司も目を見開いた。
「えっと…これは…」
「俺を弟子にしてください」
「弟子って…天然理心流の…ですか?」
「なんでもいいです。とにかく」
いや、何でも良くない。っていうか、かみ合ってない。でも総司はあっさりと頷いた。
「分かりました」
「ありがとうございます」
頭が痛いな。これ。ま、いっか。辛かったら逃げ出すだろう。
「えっと、ヤナセくん? じゃあ、弟子入り費用として、一ヶ月一万円ね」
僕の言葉に、総司とヤナセくんの両方が「えっ」と驚く。僕は総司を視線で制して黙らせると、ヤナセくんのほうを向いた。
「君、今、天然理心流っていう剣術に入門したから」
「はい? そうなんですか?」
「うん。なんでもいいから弟子にしろって言ったでしょう。総司に」
「はぁ」
「だから、場所はここを貸すから。週に一回土曜日。夜二時間。条件は使用前後にここをモップがけすること。それから一ヶ月一万円の月謝を総司に払うこと」
あ、用意に必要なものはこれだから…と僕は司会者席にあったメモ帳を持ってきて、木刀と胴衣一式をリストアップして渡した。
「土曜日の時間は…18時から…でいい?」
そう訊けば、ヤナセくんが曖昧な顔で頷く。
「天然理心流を彼から習えるなんて、ラッキーだよ。うん」
これは心からそう言って、僕はヤナセくんの背中を叩いた。
「さて。今日は帰りなさい。やる気があったら土曜日においで」
そういうとメモをもったまま、ヤナセくんはふらふらと教会堂から出ていった。




