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第4章  アイデンティティ(13)

「お、落ちますっ!」


 総司の声が裏返る。


「しーっ。落ちないから、騒がないで。上からの声は響くんだから」


 総司の心臓の音が早い。どうやら口と一緒にぎゅっと目もつぶっているらしい。


「総司。下を見てごらんよ」


「む、無理ですよ。落ちそうで」


「落ちないって言ってるのに。大丈夫だから目を開けてごらんよ」


 総司がほぉっと息を吐く音が聞こえる。


「家が四角いです」


 思わず笑ったら、総司の腕が僕の腕を掴んだ。


「笑うと揺れて怖いから、止めてください」


「だって…凄い素直な感想だったから」


「本当のことじゃないですか。四角い家ばかりですよ。横から見ていても四角いなぁと思いましたけど、上から見たら本当に四角い家ばかりです」


 四角い家っていうのは、マンションとかアパートとかのことだろう。確かに。


「光が道になっていますね」


「道路の脇に街灯があるし、そこを車が走ってるからね。どこに道があるか、すぐわかるよね」


「畑とか、田んぼとか…あまり無いですね」


「そうだね。みんな土を耕すことはやってないから」


「森も林も無いですね…」


「うん。全部家とか…建物になってる」


「動物や鳥や虫はどこにいったんでしょう」


「あんまり見ないね。川もコンクリートで固められてるから、魚もいなくなってるしね」


 総司が黙り込んだ。


「人間が住む代わりに、全部追いやってしまったんですね」


「そうだね」


「ここで住んで…楽しいですか? 人間だけで…」


 僕は苦笑いをした。総司からは見えてないけれど。


「ここはここで面白いものはあるよ。まあ、自然はないけれど、便利なものが沢山ある」


「人間が動かなくていいもの…ですか?」


「そうだね。その分、自由になった時間で、違うことができるんだよ。音楽を楽しんだり、絵を眺めたり。本を読んだり。情報を得て、自分で考える時間が増える」


 総司が考え込んだ。


「自分の興味があることを深めることができる時間が手に入るよ」


「京でもありましたよ」


「一部の人にはね。でも多くの人は、食事の用意や毎日の生活を成り立たせるだけで、そういう時間を持てなかったでしょ。この現代では、殆どの人が自分の時間を持てる。みんながあの時代の殿様のような状態って感じかなぁ」


 総司が息を飲む。


「そのうちにお城に行ってみよう」


「城ですか?」


「そう二条の城。今はお金さえ出せば入れる。ちなみに天皇…天子様も見られる。お正月とか、出てきてくれるんだよ」


「えっ」


「御所も一部は公開してる」


「そんな恐れ多い」


「いろんなところに連れていってあげるよ。あの時代には行けなかったところや入れなかったところに今は行けるから」


 総司がため息を吐いた。


「海外にだって行ける。君の言う異国…えげれすも、めりけんも」


「信じられません…」


「ホントだよ」


 そろそろ教会の上に差し掛かるな。


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