第4章 アイデンティティ(12)
さてと…と声に出して言ってから僕は立ち上がった。
「総司、とりあえず必要に応じて、現代知識と共に、まあ、男同士だけで話せるような知識も教えてあげるよ。悪友として」
総司が笑う。
「それ、私に教えていいんですか?」
「僕以外、教える人がいないでしょ」
「まあ、そうですけれどね」
遠くの風景に目をやって、京で小夜さんと一緒に五重塔の上から見た風景を思い出した。そうだ…。
僕はすっと上着を脱いだ。ついでにシャツも脱いで、一番下に着ていたTシャツ一枚になる。
とたんに総司が微妙に半歩下がった。
「何してるんです?」
「ああ。総司にいいことをしてあげようと思って」
「あの…男色だったら遠慮します」
あ、そういう勘違いしたか。思わず笑いがこみ上げたけど、まあ、いいや。実際にやってみせれば誤解も解けるし。
僕は笑みを見せながら、肩甲骨の後ろに力を入れた。全部脱ぐのはやや寒いから、一番下のTシャツは犠牲にするつもりだ。
ビリビリというTシャツが破れる音とともに、漆黒の翼が広がっていく。
「わぁ」
総司が口を開けた。
「総司。君がこれから住む街を上から見せてあげるよ。特別大サービス」
「さあび…なんです?」
「あ、えっと…特別なおまけ? みたいな?」
「なんで疑問形なんです。えっと…翼…見ていいですか?」
「特別に。どうぞ」
僕はくるりと後ろを振り向いた。総司の手が恐る恐る僕の翼に触れる。
「ごめん。くすぐったいから、触るならもっとしっかり触って。もしくは触らないで」
そのとたんに、総司の手がべっとりと僕の翼にくっついた。しっかり触るほうを選んだらしい。
「非常にすべすべしています」
「そうだね。なんか粘膜っぽいよね」
「いい手触りです」
「ああ、それ、どう返せばいいの? ありがとうっていうところ?」
僕が困ったように言えば、総司が吹き出した。
「いえ、感想です。別に返事は期待していません」
僕は脱いだ上着を自分の腰にしっかりと巻きつけた。落とさないようにしなくちゃ。
そしてもう一度総司のほうを振り返った。
「じゃあ、夜空の散歩としゃれ込むか」
「どうすればいいんです?」
「後ろ向いて。僕が抱えこむから。総司の一人ぐらい、落とさないから大丈夫」
後ろを向いた総司の胸と腹の部分に手を回して、僕はそのまんま空中に踏み出した。




