第4章 アイデンティティ(9)
そんな僕にリリアは追い討ちをかけてくる。
「その上、血を飲めとか。大パニックでしょ。これ」
「そう?」
「そうなのっ! 俊にいは始めから人間と違うって自分のこと思っちゃってるからいいかもしれないけど、彩乃と総司さんは違うからね。総司さんなんて、もと人間だし」
僕はふぅっと息を吐き出して、どさりとソファに腰を落とした。座った僕を見て、リリアも座ってまた目線がほぼ同じ位置になる。
「俊にい、少しは考えてあげなよ。かわいそうだよ」
「リリア…」
僕は正面のリリアを見た。彩乃と同じ姿。同じ声。同じ身体。でも違う人格。表情が違うだけで、雰囲気は全く違う。
「君はいいの?」
そう聞いたとたんに、今まで強気だったリリアの視線がさまよった。
「あ、あたしは…彩乃じゃないもん。一族だって自覚してるし」
「いや…それだけじゃなくて…」
言いかけた僕を制して、リリアが声を張り上げた。
「とにかく! 彩乃はあたしがなんとかするから、総司さんを探してきなよ。交通事故とかにあったら困るでしょっ!」
「わかった。ありがとう」
僕がお礼を言うとリリアの顔が奇妙にゆがんだ。
「俊にいがお礼言うなんて…」
「何それ。僕でもお礼ぐらい言うよ」
リリアが首を振る。
「俊にい。気付いてないかもしれないけど、俊にいは家族に対して、めったにお礼言わないよ」
えっ。
「彩乃にもお父さんにも。お父さん、穴を開けてくれたのに、お礼、言ってないでしょ」
…。そういえば…。
「俊にい、バカだね」
思わず僕はへたり込んだ。どうもリリアといると落ち込むことが多い。痛いところを突いてくる…。
「とりあえず、行ってくれば?」
「うん…行ってくるよ」
僕はリリアを置いて、総司を探すために夜の住宅街へと出た。
総司のことに意識を置けば、なんとなくいる方向がわかる。そして彼が自己嫌悪に陥っていて、焦っていることも伝わってきた。
どうしたら良かったのか…そして今からもどうしていいのか…僕にもよく分からなくなっている。
住宅街を抜けて、まだ残っている畑を越えて。総司の気配を追ってきたんだけど…うーん。いない。




