第4章 アイデンティティ(7)
「あ、彩乃さん?」
総司が隣にいるリリアに狼狽する。あまりに雰囲気が違いすぎるからだろう。
「どうも。総司サン。初めまして~かな。あたしはリリア。よろしくね~」
リリアが妙なイントネーションで挨拶して、総司が目を瞬いた。
「リ、リリアさん?」
「リリアでいいよ。リリアで。『さん』なんてつけられちゃうと気持ち悪い」
「えっと…リリア…」
「彩乃に聞いたでしょ? 夜中に現れるやつ。今は彩乃が逃げちゃったから、あたしが出てきたの」
「逃げたって…」
「彩乃は一族の、特にそういうところを受け入れるのが難しいらしくて…で、一番見られたくないあんたに否定されて逃げたっていうところ」
そしてリリアが僕のほうを向いた。
「ま、俊にいが悪いよ。彩乃ですら未だ受け入れられてないのに、突然一族になった総司さんが受け入れられるわけないじゃん」
「リリア」
僕は顔をしかめた。リリアは僕を無視してにこやかに笑う。
「ま、それでも飲まないとダメなんだけどね~」
リリアがグラスに手を伸ばした。
「かんぱーい」
楽しそうにグラスを上げて、一気に飲み干す。
「ん~。やっぱりあの時代で飲んでたほうが美味しいけど…ま、仕方ないね」
はぁ。僕も自分のグラスに手を伸ばす。ガタガタやってひっくり返してももったいないから、さっさと飲んでしまおう。
「じゃ、総司。乾杯」
焦った総司を尻目に僕も自分の分を飲み干した。
「え? 俊?」
僕は総司の分を総司の手に握らせた。
「はい。飲む」
「え? でも…」
「いいから飲む。男なら飲む」
いや、男でも女でも関係ないんだけど。なんとなく言葉のあやで。
「うっ」
「はーい。総司さん。一気~」
リリアがパチパチと手を叩きながら、にぃっと笑って総司を見る。
総司は僕とリリアを交互に見てから目をつぶって、そしてグラスに口をつけて一気に飲み干した。
「おいしい…」
総司が飲み終わって、ペロリと舌で唇に残った分を舐め取る。
「なんで…こんなに美味しいって…」
僕は彼の前で肩をすくめるしかない。
「仕方ないよ。一族だから。美味しく感じるんだよ」
総司がグラスを机に置いた。そのまま顔を上げない。
「私…本当に人間じゃないんですね…」
またか。
「ちょっと…頭を冷やしてきます」
総司がパタンとドアを開けて出ていった。玄関のドアも開く音がしたから、そのまま外に行ったらしい。




