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第4章  アイデンティティ(5)

 家に帰って、そしてリビングでなんとなく三人でソファに座って。彩乃は総司の隣で一生懸命剣道のルールについて説明していた。


 僕はふっと気付いて台所に立ち、冷蔵庫から紅い液体…僕らのための食べものを出した。そろそろ…お腹が空いてきた。流血騒ぎは少ないから、まああの時代のような吸血衝動を起こすことはないとは思うけれど、それでもあまり空腹にならないうちに、食事しておいたほうがいい。あんまり美味しくないんだけどね。保存食だから。


 さて。どうするかな。前までは、食事をするのはリリアだった。夜中を過ぎてから僕らはよく食事をした。あの時代でもほとんどの場合はリリアが食事をしている。


 僕は試すつもりで三人分を用意した。赤ワイン用の大きなグラスに入れれば、それは綺麗なワインにも見える。中身は一族のルートで手に入れた献血された血の横流し品だ。


「総司、彩乃。お腹が空かない?」


 そう聞けば、暢気な総司の声が返ってきた。


「そういえば…空腹っていうか…なんか喉が渇いたような感じです」


 彩乃が僕のほうを見て、顔をこわばらせた。さて…どうするのかな?


「どうする? 彩乃」


「あ…」


 僕を見て、そして総司を見る。総司が彩乃を怪訝な顔で見た。


「どうしたんです? 彩乃さん」


「総司さん…」


 ぎゅっと自分の手を自分で握り締めて、そしてもう一度総司を見る。


「総司さんも…飲むんですよね?」


「はい?」


「食事…するんですよね?」


「はぁ。食事はしますよ?」


「じゃあ…わたしも飲みます…」


「はい?」


 これはリリアの言う通りかもしれないな。彩乃には一族としての自覚が薄い。


 総司に血を飲む自分を見せたくないのかもしれないけれど、その総司自身ももう僕らの仲間なわけで、これは避けて通れない。


 僕は澄ました顔をして、総司と彩乃の前にワイングラスを置いた。総司がようやく匂いに気付いたようだ。眉を寄せてワイングラスをじっと見た。


「俊…これ…何です?」


「食事」


「まさか…」


 総司の顔がこわばる。僕は表情を変えずに言い放った。


「人間の血」


「俊…」


 総司の視線がグラスから僕に移る。僕はひょいと肩をすくめてみせた。


「別に殺したわけじゃないよ。献血って言って、血をいくらか提供してもらっただけ」


「でも…」


「君も、彩乃も、僕も、血を飲まなければ、生きていけない。そして」


 僕はまっすぐに総司の顔を見た。


「飢えたら人を襲うことになる」


 総司の目が見開かれた。


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