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第4章  アイデンティティ(4)

 それからしばらく稽古をやっている脇で、山口先生の竹刀を借りて総司は素振りをやっていた。どうやら持ち方が微妙に違うらしく、先生に修正されているのを見るのは不思議な感じだ。


「彩乃ちゃんのお兄さん」


 若い男が声をかけてくる。えっと…誰くんだっけ…彩乃と一緒にずっと剣道やってる子だ。思い出せないけど、とりあえず挨拶した。


「あ、どうも」


「お兄さんのお友達ですか?」


 探るような目つき。確か昔から彩乃に気があったんだよな…。彩乃は気付いてなかったけど。


「ああ。そうだけど」


 あ~。本当は彩乃の何なのかを聞きたいんだろうけど、聞き方を間違ったね(笑)


「えっと…」


 聞きたいのに聞けないという雰囲気を察しつつも、気付かないフリをしていたら、彩乃が呼びにきた。


「修平くん。正面打ちの稽古が始まるよ?」


「あ、今行く」


 失礼します! と声を上げてから、僕の前から小走りで走っていく。ああ、そうだ修平くんって名前だった。南部修平。彩乃の幼馴染っていう感じだろうか。


 悪いね。修平くん。




 結局、総司は稽古の間中素振りをさせてもらって僕らは三人で帰ってきた。家までの数分。春の夜風が気持ちいい。


「どうだった? 総司?」


 僕が聞けば、総司は曖昧に微笑んだ。


「稽古場の熱気が気持ちいいです。でも…竹刀の素材から、持ち方から、ずいぶん変わってしまっているんですね。最後の練習試合でも見ていたら形にはまったように狙う場所を決めているし…」


「ああ。ルールだね」


「るうる?」


「そう。今はいろんな決め事の中で試合をするんだよ。剣術試合でもあるでしょ。『始め』って言ったら始めるとか」


「ありますけど…」


「そういうのがもっと細かくなって、いくつかの場所は狙っちゃいけないことになっている。現実世界での殺し合いがないからね。ケガをしないようにやるんだよ」


「なるほど…」


 僕らの前を歩いていた彩乃がくるりと振り返った。


「総司さんも習いますか? 剣道」


 小首をかしげて総司を見る。可愛い。僕が頭を撫でようと手を伸ばしかけたらパシリと叩かれた。最近、なんか彩乃は僕に冷たくない?


「色々決め事は多いですけど、面白いですよ」


「いいかもしれないですね」


 総司が煮え切らない風情で答えた。


「総司?」


「いえ。面白そうだとは思うんですが…。何か違っていて…なんとなく…」


「真剣を振り回したい?」


 そう尋ねると、総司が目を見開いて僕を見る。そして目を伏せた。


「ええ。私が役に立てるのは…人を斬ることだけだったのに…。この剣の無い時代で…どのようにしたらいいか…」


「総司?」


「総司さん!」


 彩乃が総司に走り寄る。そしてその手を握った。


「大丈夫ですよ。一緒に探しましょう。わたしだってまだ何もできないですもん」


「彩乃さん?」


「一緒にここにいる意味を探しましょう。わたしの分と総司さんの分と」


 そして僕をチラッと見る。


「えっと…お兄ちゃんの分も??」


 僕は吹き出した。


「僕の分は探さなくていいよ。僕は僕だから」


「ですって。じゃあ、二人分ですね」


 そんな…寿司屋の出前じゃないんだから。でも総司の顔が少し明るくなった。


「そうですね」


 もう。総司は焦りすぎ。ま、いっか。彩乃がいるから。なんとかなりそうだ。


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