第4章 アイデンティティ(2)
「やぁ」「めーん」という甲高い掛け声と、パーンという竹刀同士がぶつかる音が響いてくる。近所の小学校の体育館だ。
「ここは?」
総司がきょろきょろと辺りを見回した。
「彩乃が通っていた小学校。現代では道場を構えているところは少なくて、こうやって公共の場所を借りて武道を教えることが多いんだよ」
よく見れば体育館のあちこちに、子供の字で書いた「キレイに使いましょう」やら「使ったものは片付けましょう」などのポスターが貼ってある。
そして目の前には、ちびっ子剣士のグループと大人のグループが分かれて稽古をしていた。
子供のグループのほうは、先生が竹刀を構えているところに、小さな子供が「めーん」と声を出しながら、次々と打っていく。
大人のグループのほうは、二人組になって切り返しをやっていた。四十半ばぐらいの男性が、笛を構えて見守っている。
きょろきょろと見ると、白髪に髭の先生が僕を見つけてにっこりと笑った。僕も会釈をした。つられて総司も頭を下げる。
「彩乃の先生だよ」
そう小声で告げて、僕たちが傍に行くと、おじいちゃん先生がにこにことしながら言う。
「いらっしゃい。久しぶりだね。相変わらずいい男ぶりだ」
「ご無沙汰しております。いつも彩乃がお世話になっておりまして」
先生の最後の台詞は流して、そう挨拶すれば「いやいや」と返事がくる。
「お世話になっているのはこっちのほうだよ。彩乃ちゃんのおかげで、また会員が増えた」
そういうと満足そうに稽古をしている人たちを見ながら笑みを深くする。そして総司のほうへ視線を移した。
「あ、僕の友人で…見てみたいというので連れてきました」
総司がぴしりと背を正す。
「沖田と申します」
「山口です」
二人の頭がお互いに下がる。
「沖田さん。剣道をしたことは?」
総司が口ごもって、助けを求めるように僕を見た。
「あ~、居合をやってて…そこが、打ち合いもやるところで…、そんな感じらしいです」
僕は代わりに答えた。
「古流ですか。流派は?」
総司が僕を見るから、僕はかすかに頷いた。おずおずと総司が口を開く。
「天然理心流を…」
「ほぉ」
山口先生の目が面白そうに見開かれた。
「沖田さん、まさか名前が総司さんとか言わないですよね。いやいや。これは冗談ですが」
「す、すみません…。総司といいます」
山口先生の目が見開かれて、そして楽しそうに笑い出した。
「いやいや。いいですな。『沖田総司』さんが天然理心流とは」
いや、本人なんだけどね。まさかこの人も、時空を超えた本人に会ってるとは思わないよね(笑)
隣を見れば総司が居心地悪そうにしている。
「もしかして、ご両親は新撰組のファンですか」
「は?」
総司は意味が分からずに問い返す。多分「ファン」っていう言葉が分からないんだろう。
だけど僕が解説するよりも先に、山口先生は自己完結したようだ。楽しそうに総司に笑いかけながら続ける。
「ほら。新撰組の沖田総司と言えば、有名でしょう。もしかしてそこにあやかったのかなぁと思いまして。いやいや。細かいことをお聞きして失礼しました」
「は、はぁ…」
なんとも言えず、ますます居心地を悪くする総司。僕が思わず隣で笑うと睨まれた。




