第4章 アイデンティティ(1)
総司に教えなきゃいけないものの中で、一番必要だろうと思えるのが算数、数学だ。あの時代、武士はあまり数字に細かくなくていい…というか、商人じゃないんだから、数字に強いのはみっともない…という雰囲気があった。
だから一応算術はやるけれど、あまり強くない。
ところが現代では、お金も計算しないといけないし、時間の計算もあるし、いろんなものが数値化されているから、数字が使えないと厄介だ。しかも字が違うんだよね。あの時代は一、二、三っていう漢数字がメインだったけど、今は1、2、3という算用数字だ。
あと多少の社会の仕組みは覚えておいたほうがいいけど、連れまわしてるうちに覚える部分もあるだろうし、後回しかな。
穏やかな土曜日の午後、リビングで数字や数式の読み方も含めて算数から総司に教えていたら、彩乃が大きな荷物を持って通りかかった。
「行ってきまーす」
出て行こうとする彩乃を呼び止める。
「どこ行くの?」
彩乃がびっくりしたような顔をして、僕を見た。そして答える。
「剣道の稽古」
ああ、そういえば忘れてた。今日は稽古日か。なんか場所の関係で、土曜日は隔週で稽古らしい。いってらっしゃいと送り出そうとしたら、総司が彩乃の荷物に目を留める。
「それは…撃剣の道具ですか?」
あ、そういえば、そんな呼び方をしてたっけ。
「こっちじゃ剣道って呼ぶけどね」
「見てみたいです」
一瞬彩乃と目を合わせる。
「えっと…大丈夫だけど…大丈夫?」
意味不明に聞こえる彩乃の言葉。多分、剣道場のほうは見学に来てもいいけれど、総司のほうが、いろんな意味で大丈夫かっていうことだろう。
「一緒に行くよ」
僕は支度をするべく立ち上がった。
「彩乃、先に行って見学者が来るって言っておいてくれる?」
「うん」
一瞬不安そうな目をして僕を見た後に、彩乃は返事をしてパタパタと行ってしまった。




