第3章 七歳にして男女席を…同席?!(7)
僕がそろそろ離れようかなぁと思った瞬間だった。何かが彩乃に向かって飛んできた。次の瞬間、総司が彩乃の前に手を伸ばして、すべてを掴み取る。
やばっ。それ、人間の速さじゃないんだけど…。
総司が全部を掴んで、投げられた方向に身を翻したとたんに、「ごめんなさいっ!」と女の子の謝る声が聞こえてきた。僕はとっさに総司の腕を掴む。
「総司。単なる筆記用具だ」
総司は一瞬、本当に一瞬だけど、かなりの殺気を発して相手を見て、それから僕に止められて自分の手の平を開いた。
総司が掴んだのは、つまずいた女の子がばら撒いたカラフルなボールペンだった。
「すげぇ」
「俺、今の見えなかった」
「凄い…」
思わずパチパチと拍手が飛ぶ。総司の手の中にあったのは五本ほどのボールペン。彩乃にぶつかるはずだったそれらを総司はとっさに空中でかき集めたわけだ。
「さすが彩乃ちゃんの先生ですねっ!」
特に不思議に思うことなく、みんなが総司を褒める。
僕は心の中で冷や汗を拭った。
そして思わず周りに笑顔を振りまきながら、彩乃を見る。
「じゃあ、彩乃、一時間ぐらいだったら待ってるから。携帯持ってる?」
そう問えば、彩乃がコクンと頷いた。その間に総司は女の子にボールペンを返している。転びかけた女の子がぺこぺこと総司に謝っているのが目の端に映った。
「終わったら電話して」
「うん」
彩乃の返事を聞いてから、僕はにわかにできた彩乃の友達に向き直る。
「皆さん、彩乃のことをよろしくね」
そう言えば、ノリが良く「はーい」と元気な声が返ってきた。よしよし。
「じゃ、後で」
そう言って、僕は総司を急かして駐車場のほうへ歩いていった。
帰る人は帰ったらしい。車が殆ど残っていない駐車場。そこで車にぐったりと寄りかかりながら、横目で総司に視線をやれば、総司は自分の手をじっと見つめている。
「すみません…俊」
「何が?」
「人間の…速さじゃなかったですよね」
あ、気付いたんだ。
「大丈夫だよ。平和ぼけした日本じゃ、あの場で何が起こったか見えた人はいないと思うし、総司の殺気すら気付いてないし」
僕がそう言っても、総司はやはり視線を手に置いたまま、手を開いたり閉じたりして、自分の手をじっと見ている。
「総司?」
はっとしたように総司が顔を上げた。
「あんなこと…できなかったのに…。周りがゆっくりと動いて見えました」
「うん。君は一族だからね」
総司が泣き笑いのような表情になる。
「本当に…人間じゃないんですね…」
ああ、もう。現代コンプレックスの次は、人間コンプレックスか。ま、仕方ないか。
とは言っても、乗り越えてもらうしかないわけで。
「車の中で話そうか」
僕は総司を助手席に座らせた。




