第2章 現代探訪(11)
甘いものは全部食べ終わって、彩乃が買い物に行った後、僕らはお茶を啜っていた。
「俊…」
総司が気弱な声を出す。
「私は…ここでやっていけるでしょうか」
僕はじっと総司を見た。俯いている総司の顔は見えないけど、きっとかなり情けない顔をしているんだろうな。
「文字が読めなかったり、言葉の一部が分からないくらい、どうってことないよ。覚えればいい」
「しかし…」
総司が顔を上げる。
「何?」
問い返しながら、まっすぐに見た僕の視線に耐え切れないように、総司の視線が揺れて、再び落ちた。
「総司。ここが日本だという感覚は捨てたほうがいい」
総司の顔が跳ね上がる。
「君が知っている国じゃない。ここは君にとっての異国だ」
総司の唇が何かを言いかけて動いたけれど、でも言葉にはならなかった。
「あの時代、僕らが君たちと出会った同じ頃、長州藩から何人かがイギリスに渡欧している」
総司が首をかしげた。
「いいかい? 君と同じ時代の人間が、君よりも過酷な状況に踏み出したんだよ。イギリス…君が言うところの『えげれす』だ。言葉はまったく違う。当然文字も違う。文化もまったく違う。でも彼らはその中で学んで、日本に帰ってきて、明治の世に新しい日本政府を作った」
総司が目を見開いた。
「この現代の中で、君は言葉のほとんどがわかる。それだけでも大きな違いだ。それに通訳となる僕や彩乃もいる」
総司の顔が泣きそうにゆがむ。僕は言葉を続けた。
「悪いけど総司。僕は君を甘やかさないよ。分からないままでいい…なんて言わない。君がちゃんと生きていけるように、君には学んでもらうから」
総司は泣きそうな顔のまま頷く。
「最初から何もかも理解できるわけない。だから分からなくて当たり前って思っていたら大丈夫だよ」
「俊…」
「僕だって、あの時代では苦労したしね」
おどけて言えば、総司が泣きそうな顔のまま笑った。
「そういえば、文字が読めませんでしたね。騙されたって土方さんが怒っていました」
「そう。これだけ違うんだ。読めなくて当たり前。だから山南さんに習った」
「そう…でしたね」
総司がぽつりと呟く。
「大丈夫だよ。厳しいけど、いい先生がいるんだ。君の目の前に」
総司がやっと笑った。
「自分で言いますか?」
「自分で言わないと、誰も言ってくれないしね」
僕はそう答えて、二人で笑いあった。そして彩乃が戻ってくるまでの間、僕らはメニューを教科書にして、文字の勉強をしていた。




