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第1章  帰還(5)

 その間に、僕は総司にオレンジジュースが入ったグラスを渡した。


 恐る恐るという感じで、受け取ってしげしげと見ている動作が、小動物を思わせてかわいい。僕がこんなことを考えているのはナイショだけど。


「なんですか? これ。とても綺麗に透けていますよ。それにこの匂い…柑子ですか?」


 総司がくんくんと匂いを嗅ぐ。


「入れ物はコップ。またはグラスと呼ばれる湯飲み茶碗。ガラス…えっとギアマンでできてる。中身はオレンジジュース。柑子を絞ったものだよ。甘いから飲んでみて」


「はぁ」


 氷がカランと涼しげな音を立てた。総司がそっと唇をつけて、ほんの少しだけ口に含む。


「甘い…」


 そう言ってから、今度は遠慮なく、ごくごくと飲む。


「おいしいでしょ?」


「ええ。こんなにおいしい柑子の汁は初めて飲みました。酸っぱくないですね」


 にこにこと飲み干してから、グラスと残った氷を見る。


「それにこのギアマン。すごく透明ですね。そしてこの氷。この家には氷室があるんですか? もしかして俊って、どこかの殿様だったんですか」


 思わず吹き出す。


「冷蔵庫っていうのがあって、いつも冷えた温度を保ってくれる機能を持った入れ物があるんだよ。それからガラスは、この時代では普通にあちこちにある。さっきも大きなガラス、見たでしょ。透明で向こうが透けて見える壁。あれは巨大なギアマンだよ」


 総司が目を見開いた。


「あの白い箱が冷蔵庫。小型の氷室みたいなもんだよ」


 僕は台所にある冷蔵庫を指差した。


「氷室が家の中にあるんですか…」


「この国の家だったら、大体あるね」


「え…。皆、氷室を備えているんですか?」


「そう。氷室も風呂も、殆どの家に備え付けられているよ。それからこのテレビもね」


 凄い…総司の口から驚きの言葉が漏れたところで、彩乃が戻ってきた。


 床に新聞紙を敷いて、総司にケープをかけて、彩乃の手がはさみを操って、総司の髪の毛を整えていく。


「はい」


 そう言って彩乃が大きな手鏡を差し出した。総司がまじまじと鏡を見る。


「これ…鏡ですよね?」


「そうですよ?」


 ああ。そうか。手鏡も江戸時代のものに比べれば、よく映る。僕は逆にあの時代の鏡が映らないからイライラしたもんだ。


「もう夜だし、お蒲団、用意しますね」


 彩乃がそう言ってリビングを出て行った。


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