第1章 帰還(4)
脱衣所で洋服を着るのも一苦労だ。一応、洋服は新撰組でも着ていたらしから、まあ、知っていたけど、慣れていない。
足を入れる場所から指示しないといけないし。それでもスウェットに着替えて、さっぱりしたところで風呂を一度洗ってから、彩乃のために湯を溜めた。
そしてリビングに移ったところで、今度はドライヤーだ。
「嫌です。寄らないでください」
ぐぉーっと音がしたとたんに、総司が逃げ出した。
「いや、全然痛くないし、なんともないから。音だけだから」
一族になって耳が良くなっている上に、凄い音がするからなお更なんだろうな。
「でも、凄い音じゃないですか」
僕は自分の髪にドライヤーを向ける。
「危ないですよ。俊。ダメです」
「いや、危なくないから。風が出てるだけだから」
そう言ったとたんに、総司が怪訝な顔をする。
「風?」
「そう。温風。温かい風を出す道具なんだよ。それで髪を乾かす」
僕は自分の髪に向けて、風を出して乾かしてみせる。
総司がそれを見て、恐る恐るという感じで寄ってきた。
「本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ。ほら」
そういって、ドライヤーを総司のほうに向ければ、総司が飛びのいた。
「なんか来ました!」
「だから、風だって」
もう。信用ないなぁ。
「お兄ちゃん、何してるの?」
お風呂から出た彩乃が僕の後ろに立っていた。彩乃も久々のスウェット姿だ。
「総司がドライヤーを嫌がるから」
彩乃が小首をかしげる。
「ドライヤー嫌いですか? でも髪の毛乾かさないと…風邪ひいちゃうから」
いや、ひかない。僕らの種族だったら、ひかない。
子供の頃、ドライヤーを嫌がった彩乃に僕が言った言葉を、彩乃はそのまんま総司に言っていた。
「わたしがやってあげますね。音が嫌だったら、座って耳を塞ぐといいですよ?」
彩乃がそういえば、渋々という感じで、総司がソファアに座って両手で耳を塞いで、目をつぶる。なんか小さい子みたいだ。
僕が吹き出しそうになっているのを、彩乃が睨んできた。ま、二人でやってよ。
ドライヤーの音を背に、台所に入って飲み物を用意した。グラスに氷を入れて、瓶入りの果汁を開ける。これだったら総司も飲みやすいでしょ。
用意をしたところで、思い出した。
「彩乃、総司の髪、切ったほうがいいかも」
あっ…と彩乃が小さな声を出した。
そうなんだよね。現代人にしちゃ、髪が長いんだよ。ちなみに僕は数ヶ月に一度、彩乃に切ってもらっていた。まあ、長いけど、襟足が長いかなっていう程度だ。
ドライヤーの音がやんで、彩乃がパタパタとリビングから出ていった。髪を切るセットを持ってくるんだろう。彩乃はわりと切るのが上手い。小さいころには、美容師さんになるんだ…なんて言ってたな。そういえば。




