間章 彩乃の作文(3)
「わたしの家族 緑ヶ丘小学校 四年二組 宮月彩乃
わたしの家族はお兄ちゃんとおじいちゃんです。お兄ちゃんは、たまにおじいちゃんの代わりに日曜日に牧師さんになります。
おじいちゃんがぎっくり腰で立てないときも、牧師さんでした。
お兄ちゃんはおじいちゃんの代わりができるように、牧師さんの学校に行って、牧師さんができるようになりました。
牧師さんをするときには、いつもメガネをかけてます。目は悪くないけど、そのほうがいいんだって。牧師さんっぽく見えるって言ってました。
牧師さんは最後に両手をあげて、みんなに何かいいます。
難しくてよくわからないけど、言葉の感じが好きです。そしてみんなでアーメンっていいます」
わたしが書いた作文を読んで、お兄ちゃんが笑った。
「まあ、いいんじゃないかな。無難で」
「ぶなん?」
「問題ないってこと。これで出しなよ」
「うん」
先生に出した作文は、「ぶなん」だったみたいで、先生から呼ばれなかった。
でも作文を出した次の日曜日から、先生が教会にくるようになったの。なんで来るのかよくわかんない。
お兄ちゃんは、「教会は誰にでも開かれているからね」って言ってるけど…。
先生は礼拝が終わった後も、一生懸命残って、みんなとお話をしたり、お兄ちゃんと話をしたりしてる。
でもそれもわたしが小学校を卒業するまでだった。それ以来、先生は教会に来なくなった。何があったのか、わたしは知らない。
「ねえ、お兄ちゃん」
ソファーで寝転がって本を読んでいるお兄ちゃんに声をかける。
わたしは高校を卒業して大人っぽくなったけど、お兄ちゃんは全然変わらない。わたしが小学生のときの、あのまま。
教会の人からも、若く見える、若く見えるって言われて、そう言われる度に、困ったような顔をしてる。
「わたしが小学校にいたときの担任の先生、覚えてる?」
ちょっと間があく。視線は本のまま。
「ん~、覚えてるけど。なんで?」
「一生懸命、教会に来てたのに、途中でこなくなったよね」
「そうだね」
「なんで?」
そう言うと、返事がない。お兄ちゃんは、目をくるくると回して見せたあとで、こっちを見てにやりと嗤った。
「彩乃が小学校を卒業したから」
「え?」
「もう担任じゃないからいいかな~って思って。お引取り願いました」
「え?」
お兄ちゃんは、たまにこういう難しい言い方をする。
「つきまとわれて煩かったから、ちょっとね」
「わたし…卒業してから、先生に全然会ってないんだけど」
「そうだろうね」
静かにそう言って、お兄ちゃんはまた本に視線を戻す。
「殺して…ないよね?」
恐る恐る言ってみれば、お兄ちゃんは本から視線をあげた。
「失礼だなぁ。そんなことするわけないでしょ」
憮然とした表情のお兄ちゃんに、思わずほっとした。
「うん。ならいいの」
そうわたしが答えれば、お兄ちゃんは本に視線を落とした。何語の本を読んでるのかな。お兄ちゃんはいろんな言葉が使えるから、読んでる本は、わたしがよく分からない言葉で書いてあることが多い。
謎は謎のままだけど、今もどこかで先生が元気に暮らしてるんだったら、それでいいや。
わたしは納得して、お兄ちゃんの傍で、テレビを見ることにした。
いつもの時間、いつもの行動。
それが壊れたのは、このすぐ後だった。




