間章 へんなところ(2)
わたしたちは人間と違う。特にわたしは力が強いから、いつも気をつけていないといけない。殺しちゃいけないし、怪我をさせちゃいけない。剣は人を殺す道具なのに、殺さないように、怪我をさせないようにするのは凄く大変。
でも逃げてるように見せちゃいけないんだって。がんばって戦っているように見せながら、相手に怪我をさせないようにする。
コウトウギジュツって言うらしい。
お兄ちゃんは毎朝の稽古で、コウトウギジュツを使って、弱いフリをしてる。でも、あまりにも酷いの…。本当は凄く強いのに…。
あまりにも酷いのが毎日続くから、ここにいてしばらくしてから、わたしは思い切ってお兄ちゃんに聞いてみることにする。
「お兄ちゃん」
洗濯物が終わって、巡察がないから部屋の中で紙を見ながらごろごろしていたお兄ちゃんに声をかけた。
最初の頃は狭いところに、みんなで居たんだけど、引っ越したら少し広くなったみたいで、お兄ちゃんと二人の部屋を貰ったの。
そうしたらお兄ちゃん、時間があるときには、ごろごろしだしたの。いつものお兄ちゃんになっちゃった感じ。
ここには本がないから、お兄ちゃんは自分で本を作ってる。覚えていたことを書いておかないと忘れちゃうから…だって。だからお兄ちゃんの周りにはいつのまにか、へんな文字で書かれた紙の束が置いてある。わたしから見たら、どこの言葉か、さっぱりわからない。
「何?」
いつもと同じ。本を読んでるときのお兄ちゃんは、文字から目を離さない。
「お兄ちゃん、どうして朝稽古のときに、あんなにやられてるの?」
ちょっと悲しくなって声が小さくなる。だって、本当はお兄ちゃん、すごく強いの。力はわたしのほうが強いかもしれないけど、お兄ちゃんに睨まれたら怖いもん。絶対わたしより強いと思う。
「ん~。だって出来るってわかると面倒でしょ?」
「なんで?」
「だって強いと仕事が増えるでしょ」
わたしはよく分からなくて、思わず首をかしげた。
とたんにお兄ちゃんの手がわたしの髪の毛を乱す。
「やめてよ」
わたしが文句を言うと、お兄ちゃんの手はひっこんだ。すぐお兄ちゃんはわたしの頭を撫でたがるんだもん。髪の毛がぐしゃぐしゃになるのに…。
「お兄ちゃんは…強いのに…」
わたしがぽつりと言うと、お兄ちゃんは、にっと笑った。
「いいんだよ。弱く見せとけばいいの。彩乃がわかってくれてるなら、それでいいよ」
「うん。お兄ちゃんは強いよ」
「ありがと」
そう言うとお兄ちゃんは、またヘンな紙の束に目を落としていた。
とにかくここは変なところ。電気もないし、みんな着物だし。お風呂もないし、洗濯機がないから手で洗う。
それから色々手作りしないといけないの。
だって…だって…下着も無いんだよ? 仲良くなった女中さんに聞いたら、女性は腰巻っていうのをつけるんだって。でも腰に布を巻くだけなんて…すーすーするよね。
それにトイレも立ってするんだって。女性なのに。わたしには無理。
しばらくして、少しお金がもらえるようになった。それでお古の着物を買う。新品は高くて買えないもの。
それから、総司さんとお兄ちゃんが交互に甘いものを買ってきてくれる。構ってもらえるのは嬉しい。総司さんも甘いものが好きなんだって。一緒に縁側で食べてくれるの。
お兄ちゃんは帰る気が無いのかな。全然焦っているように見えない。わたしもお兄ちゃんがいれば大丈夫。帰りたいなって思うけど。お兄ちゃんと別れてまで帰りたいとは思わない。
うん。まずは、やれることをやるしかないよね。お兄ちゃんもいつも言ってるもん。
…って、あれ? お兄ちゃん、言ってるけど、やれることをやってない気がする。
なんで? うん。今度聞いてみよう。




