第27章 青い薔薇(2)
カチャリとドアが開いて、彩乃が入ってくる。今日はブルーのドレス姿だ。
彩乃が来てからというもの、アーニーは彩乃にいろんなドレスを用意しては着せていた。まるで生きた人形遊びをしているようだ。彩乃には想い人がいると言ってあったし、アーニーには絶対に手出しをさせないと僕が宣言していたんだけどね。
果たして…アーニーがどういうつもりで、彩乃を着飾らせているのかはよくわからないけど、「美しいものを愛でるのは、人生の楽しみだよ」とか言いながら、彩乃にドレスを買ってきては渡していた。現代から考えたらお姫様みたいな格好に彩乃も喜んでいるみたいだし。まあ、僕としても綺麗にしている彩乃を見るのは楽しみだけどね。
ちなみにパーティーなんかのときには護衛官兼パートナーという感じで、アーニーの傍に彩乃がいることが多かった。
おかげで彩乃の英語力が上達したのは、副次的要素として有り難いことだ。
この四年間、僕らはこの大使館で大使館そのものの護衛と称して寝泊りさせてもらって、しかも食費は殆どアーニーからの出費だった(その代わり大半は僕が作ったりしてたけど)。
二人分の給金に、彩乃のドレス、そして住居。現地雇いとしては破格の待遇を受けていたと思う。
「はい」
さっくりと文書を訳して渡せば、アーニーが目を丸くした。
「凄いな。早い」
「それはどうも。単なるリストだからね。単語の置き換えだけだよ」
アーニーは日本語と英語とを見比べて、そして頷いた。
「うん。OKだ。これで僕の今日の仕事も終わった」
僕を見てニヤリと笑う。
アーニーの上司はなかなか細かい人で、うるさい人だったから、彼の前で僕は英語を喋れないふりをしていたし、僕とアーニーが友人だっていうのもナイショにしていた。だって僕も通訳ができるなんて知ったら、余計な仕事が増えそうじゃない。
というわけで、僕とアーニーの間には、僕を黙って雇う代わりに多少はアーニーの仕事を手伝う…という協定が出来上がったわけだ。
あの日、上司がいないときにアーニーを訪ねることができたのは、本当に運が良かった。
「青い薔薇だな」
アーニーが呟く。
「どういうこと?」
僕が尋ねれば、アーニーは肩をすくめてみせた。
「君がここにいることも、君の正体も、ついでに君が女に囲まれていないこともね」
なんだそれ? 青い薔薇っていうのは、ありえないことを表す言葉だ。




