第27章 青い薔薇(1)
------4年後 横浜--------
「ほら、リー、これも訳しておいてよね」
「あのね、アーニー。自分の仕事を僕に押し付けないでよ」
「ヒマでしょ?」
まったくこいつは…。
ソファに寝転がっていた僕は身体を起こすと、渋々アーニーから数枚の紙を受け取った。
ここは横浜のイギリス大使館。
新撰組で正体が露見した後、僕らは夜を徹して横浜まで来て、そしてイギリス大使館のドアを叩いた。
僕を見た瞬間に、目が落ちそうなほど驚いたアーニーの顔は見ものだった。
僕のことをリーと呼ぶコイツは、大学時代の押しかけ友人。アーネスト・サトウ。スラブ系の名前のくせに日本語っぽい名字を持つコイツが、僕の言う『神経のぶっとい友人』だ。僕は、彼を愛称のアーニーで呼んでいる。
知的な広い額に、思慮深く見える目。はっきりとした顔立ち。若干十六歳で大学に入ってきた秀才。誰よりも若いくせに生意気。
彼より遥かに年上な僕に人生は何たるかという説教をしちゃうような奴だ。そしてたった二年で大学を卒業してイギリスの外務省の募集に応じて、通訳生になってしまった。
アーニーは通訳官として日本に来ていた。元はと言えば、コイツの名前をネットで見たために、この時代のことを調べておいたわけで。まさかこんなことになって役に立つとは思ってもみなかったけど。
そして護衛官として入り込んで、あれから四年。今に至る。護衛官のはずなのに、僕に翻訳の仕事までさせるコイツは、まったくいい友人だよ。
時代は慶応四年皐月(五月)。もうすぐ水無月(六月)になろうかという時期だ。とはいえ、太陰歴だからすでに夏の暑さがちらちらしている。
「僕だって護衛官っていう仕事があるんだけどな~」
と、僕がぼやけば、
「耳だけで仕事してるくせに。アヤノもいるし」
アーニーに言い返された。
そう。四年の間で色々あって、アーニーに僕らの正体はバレた。
もしかしたら彼なら…という僕の期待は読みどおりだった。彼がほとんど無神論者な上に、並の神経じゃなくて助かったよ。
アーニーは少々驚いただけで、「だから?」と言ってのけた。さすがだ。もちろん現代から来たってことは、例え彼に対してでもナイショにしている。




