表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
271/639

第26章  お願い(5)

 シュルリ…。


 地を這う音をさせて、男の背中に僕の尻尾をめり込ませる。


「お兄ちゃん! なんでっ!」


 彩乃が悲鳴を上げた。


「彩乃。君にさせるぐらいなら、僕がやる。かなり出血して血も足りないしね」


 僕は諦め気分で嗤うと、尻尾から男を飲み込んだ。カタン…と音がして、刀が落ちる。続いて着物も落ちた。


「しゅ、俊…」


 総司の声。あ~、こればっかりは話に聞いて知っていてもショックだろうなぁ。百聞は一見にしかずってやつだ。


 近藤さんは卒倒しそうな顔色で僕を見ていた。


「これが…君たちが知りたがっていた僕の正体」


 そう言って肩をすくめてみせた。とたんに総司が泣き笑いのような顔になる。尻尾をしまいこんで、僕はポリポリと自分の鼻の頭を掻いてから、近藤さんに笑いかけた。


「すみませんけど。辞めますね。新撰組」


「あ、ああ…」


「今までお世話になりました」


 そう頭を下げて近藤さんを見れば、近藤さんは驚きを通り越したのか、驚きに泣きそうなのと笑いそうなのが混じったような顔で引きつっていた。


 僕は総司を見て無理に笑う。


「やっぱりここには居られないみたい」


「俊…」


 幸い皆が総攻撃をしていたときだったから、彩乃が人を持ち上げたり、僕の尻尾を見たりした人は近藤さんと総司以外は残っていないけど。それでも僕が翼を広げたところは見られちゃったしね。全員の記憶を操作するのは…ちょっと無理かな。


「元気で。おいしいもの食べて、身体…大事にして」


 僕がそう言うと、総司は泣きそうな顔で、へにゃりと笑った。彩乃が総司をじっと見る。


「総司さん…」


 それ以上、何も言葉が出てこない。


「行こう、彩乃」


 何も言えない二人を引き離すのは気が引けたけど、上から人が戻ってくる前に、僕らは姿を消したほうがいい。彩乃の腕を取って引きずるようにして僕は歩きだした。




 山を降り始めて間もないうちに彩乃の足がぴたりと止まる。


「彩乃?」


 見る見るうちに彼女の目から涙がこぼれて、そして崩れ落ちるようにしゃがみこんだ。


「彩乃…気持ちは分かるけど、今は行こう」


 僕がそう言って立たせようとすると、彩乃が首を振る。


「総司さんが…、総司さんの声が聞こえたの」


 総司の声? 残念ながら僕には聞こえなかった。


「総司、なんだって?」


 彩乃の目から次々と涙が零れ落ちていく。


「総司さんが…『あなたが何者でも、気持ちは変わりません』って…」


 総司の馬鹿。こんなときに。


 もっと早く言ってあげれば良かったのに…。


 彩乃は座り込んで泣いていたけれど、僕は心を鬼にして腕を引っ張って立たせた。


「彩乃、行こう。ここにはもういられないから」


 彩乃が泣きながら小さく頷く。僕は涙が止まらない妹を連れて山を降りた。





 京は焼け野原になりつつあったけれど、屯所の周辺は無事だった。


 こっそりと留守居役以外はいない屯所に戻る。色々あったけど、楽しかった我が家ともこれでお別れかと思うと、少しばかり感傷的になった。


 だけど、ゆっくりと思い出を確かめている暇はない。急いで自分たちの荷物をまとめて、誰にも気付かれないうちに僕らは屯所から姿を消した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ