第26章 お願い(4)
「ば、化け物…」
たまたま近藤さんの傍にいた為に、守った形になった名前も知らない会津藩の人の口から言葉が漏れ出す。
その声に近藤さんが、はっとしたように我に返った。
「トシ、今だ。総攻撃!」
近藤さんの言葉を合図に、土方さんも我に返って周りを急きたて、山頂を目指す。一緒に動いていた会津藩兵も移動し始めた。
一番後ろ、いわゆる殿の位置にいた斉藤と僕の目が合う。
その目の中にあるのは、恐れでも驚きでもない。なにか納得したような、そんな表情で僕のことを見た。不意にいつかの斉藤の言葉を思い出す。声の調子もそのままに。
『お前は単なるバカだ。お人よしのな。万が一に化け物でもそれは変わらん』
それは僕にとって救いの言葉だった。今、同じことを無言で言われている気がする。斉藤は僕に向かってわずかに頷くと、土方さんの後を追って山頂を目指していった。
残ったのは、近藤さんと総司と、動けなくなっていた会津藩の人と、そして僕らだけ。とたんに山頂から凄い煙が立ち上った。焔もちらちらと見える。土方さんたちがたどり着く前だから、真木和泉の隊が自ら火を放ったんだろう。
「近藤さん。怪我は?」
僕が静かな声で問えば、近藤さんが自分の身体を見てから、そしてぼくを見た。
「ない…よ」
「よかった。土方さんにお願いされちゃいましたからね。身体を張っても守れって」
まさかこんなところで近藤さんが銃で狙われると思わなかった。
次の瞬間、シャッと音がしたかと思うと、白刃が僕の目の前を走った。反射的に腕を盾にして下がったけど、皮膚を切られる感覚がして、血が飛び散る。
「ば、化け物…」
名前も知らない、近藤さんと一緒に守る形になった会津藩の人が僕に切っ先を向けていた。その顔は恐怖に彩られている。
他の皆は総攻撃に出たというのに、その人はあまりのショックに僕の方へ敵意を向けていた。
化け物か…。まあね。諦め気分半分、どうしようか…という気持ち半分。僕は瞬時に判断できなくて、思わず馬鹿みたいに突っ立った。
その男がもう一太刀、僕に浴びせようとしたとたんに、その男の身体が宙に浮く。
「守ったのに…。化け物と呼ぶなんて…傷つけようとするなんて…許さない」
彩乃が振り絞るような声を出して、その男の首を片手で掴んで頭上まで持ち上げていた。
「彩乃。やめて」
彩乃は僕をちらりと見たけれど、その手を緩めようとしない。
「彩乃!」
止めさせようと手を伸ばしたけれど、彩乃はそれを振り払うように男の首にかかっている手に力を入れる。
あ、ダメだ。男が痙攣し始めた。仕方ない…。




