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第25章  好きという気持ち(6)

 ポンと肩を叩こうとして、その手を僕は握り締める。


「ゆっくり考えるといいよ。また僕らはこのまま陣に戻るし」


 総司の顔がゆがんだ。


「攘夷どころじゃないです…。人間ですらないなんて」


 泣きそうな表情で僕を見る。その表情に気づかないかのように、僕は肩をすくめた。


「ま、彩乃から聞いたと思うけど、僕、この国の基準で行くと異人だし?」


 総司がへなへなと座り込む。


「そうでした…。えっと、えげれすですね」


 …。


 凄い発音だな。


「正確に言うとオランダ語のEngelscだね。英語…その国の言葉で言うならUnited Kingdom of Great Britain and Northern Ireland。あ、この時代だとUnited Kingdom of Great Britain and Irelandか。」


 1927年にアイルランドの南部が独立して名前が変わったからね。思わず現代での名前を言ってから訂正する。


 僕が綺麗に英語で発音してやると、総司が僕を見上げてきた。


「異国の言葉が喋れるんですか?」


「そりゃそうだよ」


「なんか…その方が衝撃です」


 総司が情けなく眉を下げた。


 まったく。吸血鬼であることよりも、この国の人じゃないことのほうが衝撃なわけ?


 僕は総司の肩に触れようとして、また手を引っ込める。そして正面にしゃがみ込んだ。


「お願いがあるんだ」


「なんですか?」


「彩乃に…。声をかけてあげて。君が考えた結果を伝えてあげて。いい返事じゃないくてもいいから」


 そういうと総司はますます情けない表情になった。


「まだ…頭が混乱していて…」


「うん。今すぐじゃなくてもいいよ。遅くとも明後日には陣に戻らないといけないし…。その後でもいい」


 総司が僕を見た。


「私も行きます」


「え?」


「出陣します。もう身体は大丈夫ですから。そろそろ行こうと思ってたんです」


 僕は眉をひそめた。そして両手で総司を押し留めようとして、また手を引っ込める。


「まだ…寝てたほうがいいよ」


「大丈夫ですよ。それより俊」


「何?」


「さっきから何やってるんです? 手を伸ばしては引っ込めて」


 僕は自分の両手を見た。


「いや…触られるの…嫌かなって…」


 どことなく口ごもりながら答えた僕を見て、総司が大きく息を吐き出す。


「どこをどうしたら嫌がると思うんですか」


「いや、だって…」


「もういいですよ。異人だろうが、人間じゃなかろうが。…その…生き血を啜っていたとしても…」


 総司の瞳が僕をまっすぐに見た。曇りのない、迷いもない綺麗な瞳だ。


「俊は、俊です。分かりました」


「総司…」


 だけど、総司はへにゃりと力なく笑った後で目を逸らした。そして言い辛そうに言葉を搾り出す。


「とは言え、彩乃さんのことは別です。中途半端なことはしたくないので…時間をください」


「うん」


 ふっと視線を感じて庭先を見れば、彩乃が木の陰からこちらを伺っていた。気になったんだろうな。そして彩乃だったら、あの場所から僕たちの会話を聞くことぐらい朝飯前だろう。お行儀がいいことではないけれど。


「本当に行くの? 布陣っていっても、何もないよ?」


「だったらなおさら好都合じゃないですか。行きます」


 結局、翌々日に僕らは総司も一緒に布陣している橋まで戻ることとなった。


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