第25章 好きという気持ち(4)
「酷いですよ」
呟くような声が聞こえてくる。
「うん」
「本気で好きになった人が人間じゃなかったなんて」
「うん」
「親友だと思っていた人が人間じゃなかったなんて」
「うん。ごめん」
「何もかも隠していたなんて」
「うん。悪かった」
「隠すなら…」
「ん?」
「隠し通して欲しかったです…」
ぽつりと総司の言葉が続いた。
「そうだね」
僕は空を見上げた。
暑い。そういえば、いつかもこうやって総司の声を聞きながら、空を見た気がする。
総司の身体が揺れた。障子越しにこちらを振り返ったようだ。
「私は誰にも言いません」
迷いの無い総司の声が耳元で聞こえる。
「だから…記憶は消さないでください」
「うん…わかった」
しばらく沈黙が続く。僕は気持ちを変えていた。総司が黙っているというのならば、そして真実を知っても僕らを受け入れてくれるのならば、記憶を消さなくてもいいかもしれない。
「いいんですか? 私の言葉だけで信じるんですか?」
総司のその言葉に思わず笑みがこぼれる。
「君だって、僕の言葉だけで信じるんでしょ? 記憶を消さないって」
「だって…俊は…隠し事をするけど、嘘はつかないから」
思わず吹き出した。
「僕なんて、嘘だらけだよ」
「そんなことありません。少なくとも私に嘘は無かった」
そうかな。なんか、嘘ばっかり言ってる気がするけど。
ガタリと音を立てて、障子が動く気配がした。僕は背中を障子から離して、振り返る。
総司が障子の隙間から、ひょっこりと顔を出した。
でも目は僕を見ていない。顔を見ているけれど、焦点は合わせてくれていない。
「天岩戸だね」
僕がそう言うと、総司が切ない顔で弱弱しく微笑んだ。
「天照大神ですか?」
「さしずめ、僕が天宇受賣命かな?」
「そんな色っぽいものですか? 思金神か天手力男神のほうがしっくりきますよ」
僕はにやりと笑った。
天岩戸っていうのは、日本の古代神話のエピソードの一つだ。太陽の神である天照大神が弟の乱暴な行いに頭にきて、岩の中に閉じこもる。それが天岩戸。なんとか出てきてもらおうと、頭を使うのが思金神という知恵の神様。そして岩戸の前でエロティックに踊ってみせるのが天宇受賣命という女神。その様子を見て、他の神々が騒いだところで、何しているのかと思って、天照大神が顔を出したところに力自慢の天手力男神が扉を開けてしまうという話だ。




