第25章 好きという気持ち(3)
僕は障子に背を預けて座り込んだ。視線の先では夏の日差しが降り注ぐ庭に、雀が数羽遊んでいた。ところが僕の気配に気づいたとたんに、ばさばさと羽音を立てて逃げていく。一羽として残らなかった。
みんな逃げるんだな。
「じゃあ、入らないからここで話をさせて」
僕の声に返ってくるのは緊張した息使いのみ。本当に彩乃が喋っちゃったんだ。そのことを痛感する。
「彩乃から、話…聞いたんだって?」
返事がない。でもきっと聞いてる。
「黙ってて悪かったよ」
そう。黙っているしかなかった。
「騙す気は無かったんだ」
この場所が…居心地が良くて。
「僕らは来た当初、行く場所が無かったしね」
年末のときから考えていた次の場所が頭によぎる。本当はもうちょっとここに居る気だったんだけど。
「俊…」
かすかな声で総司が僕を呼んだ。
「何?」
「彩乃さんの話は…本当だったんですか」
「うん。そうだね」
「信じられない」
「そう? じゃあ、嘘だよ。きっと」
総司が息を飲んだ。
「信じるか、信じないか…君次第だ。君が望むなら今までどおりの生活もできる」
「私の記憶を消して?」
「そうだね。君には何の負担もなくなる」
返ってくるのは沈黙。せっかく声が聞けたのに、また黙り込んでしまった。僕も何を喋ったらいいか迷って、同じく黙り込む。
少し間が空いて、また総司の声が聞こえた。
「まだ…混乱してます」
「そうだろうね」
「本当に250年も生きてるんですか?」
え? そこ? そこにこだわっちゃう?
「えっと…そうだね。僕はね。彩乃は十八年…えっと誕生日を超えたから十九年か。見た目どおりの年齢だよ」
「本当に未来から来たんですか?」
「うん。今から約150年先。日本は科学的に進歩した国になってるよ」
「本当に…本当に…人の生き血を啜るんですか…」
消え入りそうな声だった。
「うん。僕らの食事。仕方ないよ。そういう種族なんだ。人間が魚食べたり、卵を食べたりするのと一緒だ。でも殺す必要は無いんだ。ほんのちょっとだけ血を貰えばいい。それで満たされる」
「でも、食事していましたよね。甘いものを食べたりもしていましたよね」
「食べるよ。根本的な飢えの解決にはならないけど」
総司が障子に近づくのが分かる。
「私の記憶…消しますか?」
僕は肩をすくめた。
「君が消して欲しいと望むなら」
「消して欲しくないって言ったら?」
「僕らの秘密を言わないって言うなら、消さない…かな」
総司が障子の向こうで座り込む。僕の背中に合わせた位置で。障子の向こうから熱が伝わってくる。




