第24章 布陣(7)
「わ…」
小夜さんの口から歓声が漏れた。東寺の五重塔の上。普通の人間だったら登れないところに僕らは居る。僕らの目だと闇の中でも見えるから、小夜さんの目には京の街が見えているはずだ。
「こんな景色、見たことがございません…」
息を呑んだ後に、小夜さんが嬉しそうに言った。
「うん。いいでしょ?」
僕はそっと小夜さんの肩を引き寄せた。塔の上に立ったまま、小夜さんを安定させるように背中から両肩に腕を回す。小夜さんの身体が緊張するのがわかる。
「緊張しないで。支えているだけだから」
僕がそう言うと小夜さんが肩から力を抜いた。
しばらく小夜さんの華奢な背中を抱きしめながら、二人で夜の京の街を見ていた。微かに動く提灯の灯りや、店の軒先で行灯の灯りがチラチラするのを眺める。
不意に東京の灯りを思い出した。上空から見る地上一面の色とりどりの灯り。小夜さんに見せてあげたら、どれだけ喜ぶだろう。まだ150年も先の話だけれど。
「この京には沢山の方々が住んでいらっしゃるのでございますね」
ぽつりと小夜さんが言う。
「そうだね。家の一つ一つに、人が住んでいて、家族がいて、生活している」
「その『わ』から、私は外れてしまったのですね…」
和か、輪か。どちらにせよ小夜さんの声は寂しそうだった。
僕はぎゅっと腕に力をこめた。
「僕らだって、ここで生活していることに変わりないよ。それに、慣れれば一族としての生活も悪くないよ? 人間よりも長命だし、丈夫だし。いろんなことが経験できる。やりたいことを存分やれる時間がある」
小夜さんの身体を抱きしめる僕の腕を、さらに抱きしめるように、小夜さんの腕が僕の腕の上から自分の身体を抱きしめる。
「宮月様はお優しい方ですね」
「そう?」
「はい」
小夜さんはこくんと頷くと、僕の腕に頬を擦り付けるようにした。
「小夜は、宮月様が主で良かったです」
「こんなことになっちゃったのに?」
「はい。まだ…その…一族の良さは分かりませんが…。宮月様の良さは分かります」
小夜さんは僕を振り返って微笑んだ。目が少しだけ潤んでいる。
そして再び前を向いて、京の街を眺める。
「この京が、こんなに愛しいものだとは思いませんでした。こんなに人が住んでいて、こんなに営みがあって…。私もこの一部なのでございますね」
ぽつりと、寂しさと、愛おしさと、切なさも混じったような声だ。泣きそうな小夜さんの気持ちを断ち切るように、僕は言った。
「さて、行こうか」
そして僕は漆黒の翼を広げる。ばさりとした音に小夜さんが振り返って、目を丸くした。
「宮月様…」
僕はおどけてみせた。
「僕のとっておき。見つからないように、声を出さないでね」
そして小夜さんを抱きかかえて、夜の空へと飛び出した。




