間章 滋養 その1(2)
お兄ちゃんは昔、わたしが生まれる前に、色々な経験をしてきたんだって。だから変なこともよく知ってるし、こういうときにも「慣れてるから」って笑ってやってくれる。
いいのかな。
わたし、いつもそう思うけど、でもお兄ちゃんに従ってしまう。
「よし、今度は解体するから」
そういって、お兄ちゃんは懐から短刀を取り出した。
「今度こそ、彩乃、良いって言うまで後ろ向いててね。あ、耳も塞いでおいて」
わたしはこくんと頷くと、後ろを向いてしゃがみこんだ。
ざくざくという音や、ぶちぶちという音が塞いだ手の間から聞こえてくる。
たまに聞こえるお兄ちゃんの息を吐く音も。
結構大変みたい。手伝わなくていいのかな。わたし。
「お兄ちゃん、わたし手伝うよ?」
後ろを向いたまま言った。
「いいよ。大丈夫。もう少ししたら手伝って」
そう言って、お兄ちゃんは作業を進めていく。
「じゃあ、彩乃、手伝って」
そういわれて振り返ると、猪はすでにお肉になっていた。
中華街で見たような肉の塊。
そしてお兄ちゃんの足元には頭と足の先と毛皮が山積みになっている。
「彩乃、このままだと運ぶのに肉が大きすぎるから、少し小さくしてくれる?」
わたしが頷くと、お兄ちゃんの短刀を手渡された。
お兄ちゃんは傍にあった棒切れを拾い上げると、地面を掘り出す。
「何してるの?」
「頭…埋めていこうかなあって。かわいそうでしょ。このままじゃ」
わたしがお肉を小さくしているうちに、お兄ちゃんは穴をあけて、その中に頭やひづめやよく分からないものを入れると、また土をかけて、その上に石を乗せた。
そして何かを呟いてから、アーメン、というのが聞こえる。
アーメンっていうのは、お祈りの最後の言葉。きっとお兄ちゃんは、猪のためにお祈りしてあげたんだと思う。
毛皮は大事に畳んだ。それからお肉を持ってきた袋に入れる。
「サンタクロースだね。こりゃ」
お兄ちゃんは、大きな白い袋を背負いながら笑った。
「一度、善衛門さんのところに行って、荷物を置いてくるから、待っていてくれる?」
お肉は二人で食べきれないし、屯所にこの量を持ち込んでも怪しまれるから、善衛門さんのところで買い取ってもらうんだって。
毛皮も合わせて買い取ってもらうって言ってた。
手元には総司さん(とわたしたち)が食べるジャーキーを作る分だけが残されてる。
それでも結構大きな塊だから、沢山作れるよね。良かった。




