第23章 偽りの契約(11)
「小夜さん…。君の意思でなかったのは残念だけど。もう仕方がない。飲んだほうがいい。…。小夜さん。飲んで。素直にこの子の首筋に口をつけて。あとは本能が、やるべきことを教えてくれるから」
僕は軽く男の子を押して、小夜さんの前に立たせた。小夜さんがうつろな目をして、手を伸ばし、男の子の着物を掴む。その手が肩に回り。首を固定し、小夜さんの顔が近づいて、首筋に唇を寄せる。
そして小夜さんの目が再び赤くなり、唇から長い牙が出てきて、男の子の首筋に埋まった。びくびくと身体を揺らす男の子の前で、小夜さんの喉がこくんこくんと動く。一心に血を飲む小夜さんの後ろに、僕は気配を消して回りこんだ。
「そこまで」
僕がそう言って、小夜さんの両肩に手を置くと、小夜さんはハッとして、唇を首筋から離した。
唇からわずかな血が流れ、そして小夜さんの両目からも静かに涙がこぼれる。
泣いても仕方ない。ここまで来てしまったら、できることは少ない。
「主として小夜に命じる」
そう口にしたとたんに小夜さんの身体がビクリと反応する。
「小夜。その命を無駄にすることは許さない。そして一族のことは他言無用。秘密を守れ」
「かしこまりました」
小さく。本当に小さく応えがあった。
契約が交わされた以上、僕が『主』として命じたものは絶対に服従のものとなる。
「我が一族に、ようこそ」
僕の声を聞いたとたんに、小夜さんの全身から力が抜けていった…。
小夜さんは善右衛門さんに預けて、僕は屯所に戻る途中で壬生寺の木の天辺に座っていた。
善右衛門さんには、小夜さんの意思を無視して無理な関係を迫ることだけは許さないと、それだけはきつく言い渡した。もしも僕の眷属に対して、そんなことをしたならば、死んだほうがマシだと思う方法で善右衛門さんを追い詰めるとも。
しかし…。まったく…。なんてことをしてしまったんだろう。本人の意思に反して一族に引き入れてしまった。後悔してもしきれない。
善右衛門さんの謀に僕が気付いていれば…。もうちょっと細かく小夜さんに質問をしていれば…。こんなことにはならなかったかもしれないのに…。
善右衛門さんに腹が立つと同時に、してやられたという自分にも腹が立つ。僕は深い深いため息を木の上で吐き出した。




