第23章 偽りの契約(10)
「善右衛門さん」
善右衛門さんの視線が逸らされる。
「どういう説明をしたんですか? 僕らの一族のこと…」
そこまで言って、僕は気付いた。
そうだ。小夜さんは『宮月様の一族』という言い方をした。
「小夜さん…もしかして、僕が…僕らが血を吸うことを…人の血で生きていることを…知らなかった?」
小夜さんの目が見開かれた。
その場が凍りつく。
なんということ。なんということを…。
「善右衛門さん!」
思わず声が荒くなる。
善右衛門さんが僕の前で、畳みに額を擦り付けるようにして土下座した。
「申し訳ありません! しかし…私はお小夜が欲しかったんです。一緒に生きていくものが欲しかったんです。お小夜が私を好かなくてもいい。それでも傍に居てほしかったんです」
善右衛門さんが搾り出すように言う。
小夜さんが僕を見て、そして善右衛門さんを見た。
「小夜さん。もう戻れません。あなたは僕らと同じ一族として生きていくしかない」
僕の言葉に、小夜さんは目を大きく見開いたまま僕を見る。
「僕らは人間ではない。僕も善右衛門さんも。そして僕の妹の彩乃も」
「な…」
「そして、今はあなたも。もう戻れません。あなたは僕の眷属となった」
小夜さんが僕を食い入るように見て、そして次の瞬間、床にあった小刀に飛びついた。
僕が指を切るために持ってきたものだ。
それを自分に向けて目を閉じた。
「それじゃあ、死なない」
僕の言葉に小夜さんが目を開けて、僕を見る。
「小刀を刺したぐらいじゃ、僕らの一族は死ねない。なんだったら刺してみたらいい。凄い勢いで再生する。着物を汚すだけだ」
小夜さんの手がぶるぶると震えた。
「痛い思いはするけど、それだけ。死ねない」
ことん…。軽い音を立てて、小刀が床に転がった。




