第23章 偽りの契約(6)
「帰りましょう。善右衛門さんも心配してますよ」
小夜さんが俯いたまま左右に首を振った。
「ダメですよ。こんなことをしても幸せにはなれないです。お母様がいう人と会ってみてください。いい人かもしれないじゃないですか」
小夜さんは一層激しく首を振る。まったく駄々っ子のようだ。
「あなたは普通に結婚して、人並みの幸せを掴んだほうがいい。僕の傍にいたら、それは叶わない」
そう告げた瞬間に、小夜さんは僕を見上げた。
「僕との人生に普通の幸せはありません。血塗られた人生になる」
小夜さんは僕を探るように、問うように見ている。
「あなたは…」
あまりにも小夜さんが一生懸命なものだから、僕はうっかり、小夜さんに長い人生や、僕の一族として生きる覚悟があるか、問いそうになった。
あぶない。あぶない。
「いえ…なんでもないです。帰りましょう。善右衛門さんが待ってますよ」
総司の部屋から約束どおり30分程度で戻ってきた彩乃に留守を頼んで、小夜さんを送っていく。帰り道、彼女も僕も無言だった。
店の前では善右衛門さんが待っていた。多分、小夜さんがどこに行ったかなんて、善右衛門さんの耳だったら、すぐに分かっただろう。
「ありがとうございます」
お礼を言われてすぐに、善右衛門さんが、話があるからと僕を店の奥に連れていった。
帰ろうと思っていたんだけど、あまりにも善右衛門さんが真剣な表情だったんで、思わずそのまま従ってしまった。
そして僕は店の奥のこじんまりとした一室に、善右衛門さんと向かい合わせで座っている。
「お願いがあります」
善右衛門さんの超絶に真剣な顔。思わず逃げそうになるのは何でだろう? 結婚話だったら本当に嫌なんだけど。現代に戻る可能性がある以上、無理だし。
でも僕が思った言葉と、次に善右衛門さんから出てきた言葉は違った。
「お小夜を一族に加えてください」
は? 思わず目が点になる。
「お願いします」
善右衛門さんが両手をついて、深々と頭を下げた。




