第23章 偽りの契約(3)
「それでね。それでね。総司さんが『彩乃さん、抱きしめてもいいですか?』って聞いてくれたの」
「はいはい」
「だからね、『はい』って答えたの」
「はいはい」
僕が適当に返事をしていると、彩乃が畳んでいた洗濯ものをおいて睨んできた。
「お兄ちゃん。聞いてる?」
「聞いてる。聞いてる」
「もう。お兄ちゃんが言ってたことと違ったもん。総司さんはちゃんと『いいですか?』って聞いてくれたもん」
彩乃の手がまた動き出した。
蝋燭の明かりだけの薄暗い部屋の中で、僕と彩乃は洗濯物を畳んでいて、そして僕は彩乃のノロケにつきあわされていた。ずっと暗かった顔が明るくなったと思ったら…。これだ。
「それでね。『唇に触れてもいいですか?』って言うから、『はい』って言ったら、ちゅって…。きゃ~」
ああ。うるさい。っていうか、なんで僕がこんなノロケ話を聞かないといけないんだ? しかも屋根の上でリアルに聞いちゃったから、二度目だ。もうお腹一杯だよ。
それに総司だって、僕に全部ばらされているなんて思ってないだろうな。
「お兄ちゃん。聞いてる?」
「聞いてる。聞いてる」
バードキス程度で止めた総司は偉いと思うよ。彩乃にあわせたな。絶対に。学習したというべきか。
「後でまた総司さんの部屋に行ってもいい?」
彩乃が無邪気に言ってくる。僕はため息をついた。
「彩乃…」
「何?」
彩乃が首をかしげる。あ、かわいい。かわいいけど、ダメ。
「後っていつぐらい?」
「寝る前とか?」
「ダメ」
きょとんとした顔で僕を見る。これは真面目に教育を間違ったかもしれない。
「男は夜、狼になるからダメ」
「え? 人間なのに?」
素で返されてしまった…。
「だって、総司さん、まだ寝込んでるし。様子見に行きたいし」
「それでもダメ。もし行くなら僕も行く」
「え…。お兄ちゃんも来るの?」
彩乃が残念そうな顔をした。こんな表情するんだな。前までは僕が傍にいないと、不安そうな顔をしてた癖に。
「彩乃」
「何?」
「覚悟してるなら一人で行ってもいいよ」
「何の覚悟?」
あ~。それを僕に聞くんだ。まったく。
「痛い思いをする覚悟」
また彩乃が、きょとんとする。通じなかったか…。
「総司さんは、わたしに酷いことなんてしないよ?」
どうにかしてくれ。なんか僕は総司の気持ちが分かったような気がしたよ。うん。




