第22章 池田屋事変(moonlight) (4)
「取れないの。刀、外れないの」
震えた声で彩乃が言う。手が緊張して、刀を必死に掴んでいた。ナイフで人を殺したりしたときと同じだな。精神的な緊張状態から、手が強張るんだ。
「小指から離して。力を抜いて」
ゆっくりと撫でるように彩乃の手を掴んで小指を解く。一番力が入りにくい小指の力が抜ければ、他も少しだけ強張りが解ける。そして軽く手が緩んだところで、刀を手から抜いた。
それでも彩乃の右手は刀を掴んだ形を取ったままだった。僕は懐から懐紙を出して、彩乃の刀を拭って、鞘に収めた。
彩乃は返り血で、僕は総司の血でお互い真っ赤だ。
そのとき、背後から大人数の足音がした。
「宮月! かっちゃんはどうしたっ!」
聞いたことがある怒声が響く。土方隊の到着だった。
「中にいます」
僕がそういって道を空けると、土方さんが怒鳴った。
「半分は裏へ回れ!」
そうして自分は刀を抜いて、中へと駆け込んでいった。
僕らの周りだけ、また静かになる。まだ硬直している彩乃の手をとって、ゆっくりとマッサージをしていく。
「大丈夫だよ。総司は生きてる」
そう伝えたとたんに、かくんと彩乃の力が抜けた。手の硬直も解かれる。彩乃が倒れないように抱きかかえながら、僕はもう一度言った。
「総司は生きてるよ」
「うん…ありがとう…」
彩乃が静かに涙を流した。
その後、土方さんの指示で逃げた浪士を追って僕らは各所に走った。
真夜中を過ぎてリリアになったけれど、彩乃のショックが伝わっているんだろう。リリアも今一ついつもの覇気がない。そんな妹を僕は庇いながら、あちこちで発生する斬り合いに巻き込まれた。
全てが終わったのは、六日の朝。
ばらばらに散っていた皆が戻り、僕らも池田屋の玄関先に居た。身体をだるそうに壁に寄りかからせて、一晩じっとしていた総司も一緒だ。
そこに隊士の一人が走ってきた。
「宮月さん、土方さんが呼んでます。裏庭です」
「僕だけ?」
「はい」
僕はちらりと彩乃を見る。総司の傍に彩乃も座り込んでいた。まあ、総司と彩乃がセットで居れば、なんかあっても大丈夫か。
彩乃には話が聞こえていただろうから、軽く手だけ振って、僕は裏庭へと急いだ。




