第22章 池田屋事変(moonlight) (3)
総司の口元に耳を寄せれば、確かに彩乃が言うとおり呼吸も止まってる。何も音がしなかった。一瞬焦る。
待ってよ。沖田総司はこんなところで死ぬはずじゃないでしょ。
首筋に手を当てて脈を確認すれば、それはまだあった。急いで救命措置をする必要がある。まずは抱きかかえて仰向けに寝せて気道を確保。
若干抵抗はあるが仕方ない。僕は覚悟して総司の鼻を摘まんで口をあけさせると、自分の口で息を吹き込んだ。人工呼吸だ。口の中に総司の血の味が広がる。結構酷いな。これ。
喉が切れてるのか、肺からなのか。そこまで詳しい知識は無いからよく分からないけど、とりあえずどっかから血が出てることは確かだ。でもって、あまりおいしくない。余談だけど。
総司の血を飲み込みつつ、僕は自分の喉から例の液体を流しこんでみた。粘膜だったら効くだろうっていう目論見だ。
そして何回か人工呼吸するうちに、総司が動いた。
「イタっ!」
思わず顔をしかめる。総司に噛み付かれた。酷くない? 吸血鬼に噛み付くって、どうよ? 下唇が切れたじゃん。
吸血鬼に噛み付いて、吸血鬼の血を吸う男。沖田総司。
いや、どうでもいいけど。とりあえず血が出た唇をぬぐっていたら、自力呼吸が戻ったらしい。総司の胸が上下し始める。よしよし。
僕は総司の呼吸がしっかりしてきて、意識が戻りそうなのを確認してから、慌てて入ってきたルートを全速力で逆走した。
そして一階に飛び降りたら…。今度はそこが血の海になっていた。
「彩乃…」
絶句した僕に、刀を持ったままの彩乃が振り向いた。全身が血にまみれている。
「お兄ちゃん…。殺しちゃった…」
彩乃はそう言って足元を見た。三人ほど倒れている。そのうちの一人がまだ生きていたのだろう。塀に手をつきながら、よろよろと立ち上がった。
「生きてる…殺さなきゃ…」
彩乃が立ち上がった一人を後ろから斬ろうと、のろのろと刀を上げたのを僕は止めた。
「もういいよ」
そう言って僕は彩乃を止める。僕の声に立ち上がった一人が振り返った。目が合う。
吉田殿だった。吉田 稔麿。僕の…つかの間の友人…。
お互いに交わす言葉は無かった。何も言えない。何も。こうなることは予測できた。お互いに。あの別れた辻で分かっていたことだ。
僕は彩乃に視線を移した。
「もういいんだ」
去っていく彼を追うこともせず、彩乃の刀に手をかける。彼はこの後、死んでしまう。ほんの数時間、早いか遅いかの違いだけだ。




