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第20章  信じるもの(10)

 翌朝。きちんと蒲団の上に座っていたのはリリアだった。


「彩乃は?」


「謝りたくて変わってもらった」


「もういいから」


「良くない」


 勘弁してよ。


「なんで謝っているか分かっている?」


「危ないことした」


 もう。


「君は一番からかっちゃいけない人間をからかった。度を越えてね。この屯所に、無条件にからかっていい人なんていない。現代と違うんだ」


「はい」


「もういいよ。リリア。昼間に君が出ていると、疲れるんでしょ?」


「でも…」


「夜に話そう。でも一つだけ。二度と夜中に僕に言えないようなことをしないこと。『ないしょ』っていうのはナシだ」


「はい」


 かくんと力が抜けると、表情が不安な顔になる。彩乃だ。


「お兄ちゃん。ごめんね」


 僕は思わずため息をついた。


「いいよ。もう」


「うん…。黙ってて…ごめんね」


「もう謝るのを聞くのも疲れた」


 そう言って、僕は朝稽古に出かけた。彩乃も黙ってついてくる。





 稽古中に感じる斉藤の視線。


 うー。


 気になる…。


 稽古が終わって食事に行く隊士たちに混じって移動していたところで、斉藤が近寄ってくる。


「宮月」


「何?」


「ちょっといいか」


 うわ~。失敗したな。きちんと記憶を消しておくんだった。中途半端なことはするもんじゃない。


 彩乃には先に行ってもらって、暗い廊下の端で立ち止まる。


「すまん」


 いきなり仏頂面で謝られた。


「えっと? なんだっけ?」


 斉藤の目が泳ぐ。こんな態度は珍しいな。


「実は、夢見が悪くてな」


 ん? それと謝ってくるのと何が関係するの?


「その…夢の中でお前に、実は化け物だったと打ち明けられた」


「ああ…」


「いや、本当にお前が化け物だと思っているわけじゃない」


 慌てて否定する斉藤に、僕は曖昧に頷いて見せた。


「それで俺は焦って、お前に出て行けと言ってしまった」


「うん」


「すまなかった」


 え?


「もしお前が化け物であったとしても、俺はお前を知っている」


 斉藤が漆黒の瞳で僕を見た。


 思わず何を言われるのかと身構えたとき、斉藤が再び口を開く。


「お前はお人よしのバカだ」


 僕は思わずコケそうになった。


「それ、褒めてないんだけど…」


 思わず心の声を吐露してしまえば、斉藤が焦ったようにフォローしてきた。


「いや、俺の言いたいことは…夢とはいえ、俺も焦っていて思ってもいないことを言ってしまった」


 ああ、ダメだ。なんか涙腺が弱くなってる。


 僕は思わず片手で目を覆った。


「すまなかった」


「夢だったんでしょ」


「ああ。でも気が済まない。許してくれ」


「うん」


 僕は顔が上げられない。まったく。不意打ちだ。


「どうした?」


 斉藤が気遣って声をかけてくる。


「あ、ちょっと目にゴミが入った」


「そうか」


「先に行っててくれないかな」


「わかった」


 あっさりそういい残すと、斉藤の足音が遠ざかって行こうとする。


「斉藤」


 顔が上げられないまま、僕は斉藤を呼び止める。


「なんだ」


 もしかしたら…という期待が僕に言葉をつむがせた。


「本当に。もしも。もしもだよ? 本当に、僕が化け物だったらどうする?」


 ふっと斉藤がまとった空気が緩む。


「実は夢を見た後で考えた。本当にお前が化け物だったらどうするか。だが…俺も似たようなものだと気付いた。ここに居る奴らは、皆、人斬りの、化け物みたいなものだ」


 斉藤…。


「それに…お前は単なるバカだ。お人よしのな。万が一に化け物でもそれは変わらん」


「ありがとう」


「礼を言われる意味がわからん。先に行くぞ」


 照れたような声を残して、今度こそ斉藤の足音が去っていった。


 僕はよろよろと座り込んだ。


「お人よしのバカか…」


 バカって言葉がこんなに嬉しかったことはない。



 みんなに感謝したい気分だ。


 バカでありがとう。



 ああ。神様。


 ありがとうございます。


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