第20章 信じるもの(9)
「俊にい…」
部屋に戻る途中でリリアが声をかけてくる。僕は無視した。とてもじゃないけど返事なんかできるもんか。
「俊にい」
「何? 僕、怒ってるだけど」
「なんで? 勝手なことしたから?」
僕は無視して、そのまま歩いた。部屋の中に入ってからまたリリアが言う。
「俊にい」
「寝る」
蒲団にもぐりこんだ僕をリリアの声が追いかける。
「俊にい。ごめんなさい」
「…」
「怒んないで」
「僕が居なかったら、君は死んでた」
「え?」
「斉藤に殺されてた」
「…そんなこと無いよ。今までだって…」
「今までは彼が見逃してたんだ」
「でも人間だよ?」
「人間でも反射速度が速い人間はいる。前にも言ったよね。僕らは不死身じゃない」
「でも…」
「…」
「ねえ、俊にい」
「…」
「ねぇ…」
リリアの声が小さくなる。
「ごめんなさい」
「知らない。怒ってるから話しかけないで」
「俊にい…俊にい…」
「…」
「ねぇ…」
「…」
そしてそれは突然やってきた。
「わーんっ!!」
リリアの大きな泣き声。びっくりして飛び起きると、顔をぐちゃぐちゃにして泣いているリリアがいた。
「ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! お兄ちゃんっ。ごめんなさいっ!」
呆れて見ている間にも、大声でわんわん泣く。
「うるせぇよ。どうしたんだよ」
隣から襖越しに不機嫌そうな平助の声が聞こえた。
「ごめん!」
僕はそう言ってリリアを抱きかかえた。
「もういいから。とにかく夜中に迷惑だから」
そう言うと声を押し殺したけど、それでも滝のように涙が流れてくる。
「ごめんなさい。お兄ちゃん」
久しぶりに聞いたよ。リリアが僕を素直に『お兄ちゃん』って呼ぶのを。
「もういいから。とにかく危なかったんだ。それだけは理解して」
「うん…」
リリアは大量に涙を流しながら頷いた。もう…。涙と鼻水でぐちゃぐちゃ。手ぬぐいを渡してやると、顔を拭いて、それから鼻をかんだ。それでも涙が次から次へと流れてくる。
「ごめんなさい」
「もういいよ…」
「ごめんなさい」
僕は盛大にため息をついた。




