第20章 信じるもの(8)
「宮月…」
絶句している斉藤の前で、僕は自分の腕を切り口に押し当てた。方向を間違うと大変なことになるからね。慎重に。凄い勢いで再生し出すのを感じる。
「お前…」
斉藤が食い入るように僕の腕を凝視した。
「何者だ…」
絞るように引き出される声。僕は左腕で右腕を抑えたまま斉藤を見ているけれど、彼の視線は僕の腕に張り付きだ。
「ちょっと人より再生能力が高くてね」
そう言ったとたんに斉藤の視線が上がった。漆黒の瞳が僕を射る。
「まさか」
僕の腕が大方くっついた。あとは表面の傷だけだ。これもすぐに消えるだろう。
「化け物…」
吐息のような声が僕の耳に届く。斉藤の声にリリアが息を呑んだ。思わず僕は苦笑した。まあ、こうなるだろうね。これが現実だ。
僕が斉藤に近寄ろうとしたところで、斉藤の刀が再び走った。僕の喉元に切っ先を突きつけてくる。
「寄るな」
さすがの斉藤も手がわずかに震えていた。
「なぜここにいる。目的はなんだ」
ただし声はしっかりしていた。
「最初に出会ったときに言ったとおりだよ。僕らは行くところがない。だからここにいる。目的はお給金を貰って生活すること」
漆黒の瞳が細められる。仕方ないじゃん。本当のことだよ。
「化け物の癖にか」
「そうだね。僕らも生活したいから」
「出て行け。新撰組に、近藤さんの、土方さんの理想に…化け物はいらない」
斉藤が視線をわずかに揺らしながら言う。僕は寂しく笑った。リリアが後ろから僕の着物をそっと掴む。助けを求めるような掴み方だった。多分、心細くて仕方ないんだろう。
「斉藤」
「化け物に呼ばれる名前はない」
僕は深くため息をついた。
「ちょっといいかな」
そう言ってパッと手を上げてみせると、斉藤の視線が僕に戻る。その瞬間に僕は力を使った。
「斉藤一、君がここで見たことは全て夢だ。ここでやろうと思っていたことをやって、そして寝たら、すべて夢。それから夜中に見ていた彩乃のことは忘れて」
斉藤が黙って頷いた。
「じゃあ、僕らは行くから。僕らの痕跡も消しておいて」
斉藤がもう一度頷く。
「行くよ」
リリアに声をかけると、僕は部屋に向かって歩き始めた。リリアに背を向けたまま。




