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第20章  信じるもの(7)

 夜中。またリリアがこっそりと抜け出ていく。


 今回はさすがの僕も後をつけることにした。彼女のほうが耳も鼻もいいけれど、後をつけるなら、僕のほうだって負けてはいない。同族は骨が折れるけれど、気付かれずについていくぐらいはできる。伊達に長生きしてないってことだ。


 息だけで話す声が聞こえ始めた。リリアと…相手は、斉藤だった。


「邪魔をするな」


「邪魔してなんかないじゃん。話しかけてるだけだよ」


 イライラした斉藤の声とからかうようなリリアの声。


「また血の匂いがするんだね」


 そう言った瞬間に斉藤の殺気が膨れ上がって、ヒュンと刃が風を切る音がした。


 リリアのくすくす笑いが続く。


「当たらないよ」


 リリア…。


 次の瞬間、斉藤が発する気が『無』になった。思わず僕は全速力でリリアと斉藤の間に身体をねじ込む。


 ヒュン…と高い風斬り音がして、そしてゴトンと重い物が落ちる音が続いた。




「俊にい…」


「宮月…どこから…」


 そう。斉藤の一番怖いところは、剣を抜く早さでも、その正確性でもない。本気になったときに消える殺気と気配だ。 


「つっ…」


 あまりの痛さに思わず顔がゆがむ。井戸の周りで、凍ったようになっているリリアと斉藤。斉藤の放った剣とリリアの間に僕は身体をねじ込むことに成功した。


 斉藤は腕を伸ばして、横一文字で切りつけた姿勢のままだ。


 身体を緊張させて筋肉と腕で受け止めた為に、その刀の物打ち部分は僕をスライスすることなく、肋骨に食い込んでいた。


 ただし…僕の右腕は斬り落とされて袖と一緒に足元に転がっている。


 切り口からは血が滴り落ちていて、そしてそれを再生し始めた粘膜が覆い始めているのを感じた。切り口にしては出血が少ないのはそのせいだ。


「ごめん。斉藤。妹を許してやって」


 その一言で我に返った斉藤が、慌てて僕の肋骨から刃を引き抜いた。痛いなぁ。こういうのは抜かれるときのほうが痛いんだよね。


「悪気は無いんだ。君の邪魔をする気もない。ましてや僕らが何か口を出したりすることも、口を滑らせることもない」


 僕はそう言いながら自分の腕を拾い上げた。袖に包まっていたおかげで切り口に泥がついていないのが幸いだ。


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