第20章 信じるもの(5)
数日後の夜の散歩中。久しぶりの雨上がり、久しぶりに善右衛門さんに声をかけた。
「干上がりました…」
善右衛門さんががっくりと肩を落とす。
「あ~、僕も干上がった」
「やっぱり」
善右衛門さんは結局島原に行って、相手が意識を失った隙に血を頂いたらしい。まあ細かい話は聞かなかったけど。
リリアが『献血協力者』を探してくれている間に、僕と善右衛門さんは他愛の無いお喋りをしていた。
「そういえば」
「はい?」
「この国の鎖国っていつから?」
僕は山南さんの話から持っていた疑問を尋ねてみる。
「えっと…延宝のころだったと思いますよ」
善右衛門さんが小首をかしげた。
「それって徳川幕府の時代?」
「そうですね」
「鎖国って天皇じゃなくて…天子様の命令?」
そう言ったとたんに善右衛門さんが眉をひそめた。
「最近はそう思っている若い人が多いんですよね。本当は徳川様からのご命令でしたよ」
「あ、やっぱりそうなんだ」
「なんでです?」
「いや。僕も徳川幕府からの命令だったって聞いているんだけど、ある人が天子様の命令だったって言ってたから」
善右衛門さんが頷く。
「そうなんですよ。勘違いしている人が多くて。それで開国には勅旨(天皇の命令)が必要だってことで、桜田門で御大老様が…」
桜田門?
「御大老様?」
「井伊直弼様ですよ。さすがに徳川家の幕臣の大物ですから、鎖国のご事情はご存知だったので、将軍様がご了承しているなら…ということで、開国を断行してらっしゃいましたからね。それを天子様が鎖国したのだから、天子様のお許しがいると勘違いした勢力があのようなことを…」
桜田門外の変か!
「お命を狙われたのは桜田門のすぐ外でしたけど、ヘタに助けるとお家に何かあるかもしれませんからね。周りの武家も見て見ぬふり。我々には知ったことじゃありませんが、不思議な仕組みです」
「どういうこと?」
「助けるときの助け方とか、作法とか。なんかあるんでしょう。間違うとお家取り潰しとか」
え? 何それ。
「お互いにヘタに口出しすると、どのようにとばっちりが来るか分からないのが武家らしいです。よって何かあっても、最初から関係ないように見てみないふり」
凄いな。それ。大老ですら見捨てるのか…。
目の端にリリアが手招きしているのが見えた。
「いきましょう」
善右衛門さんが歩き始めた。
幕末あたりだと日本は古来より鎖国だったと信じている人が多くいたそうです。それで開国というのは日本古来の理に逆らうということで反対するものも多かったとか。ということで、山南さんが言っているのはこの時代の人の歴史観。善右衛門さんが言っているのは現代的な歴史観です。




