第20章 信じるもの(1)
また雨だ…。皐月(五月)は現代で言うなら、六月。梅雨の時期だ。
僕は山南さんの部屋に来て文字を教わっていた。
山南さんの腕の傷はいまいち治りがよくないらしい。普通にしているけれど、左手は動かさないのか、動かないのか…。それに朝稽古には顔を出さなくなっていた。怪我した直後はそれでも平隊士の稽古を見に来ていたんだけどね。
僕のほうは、文字をようやくなんとか読めるようになったかな~というところだ。
「ねえ、俊くん」
「はい?」
「我々新撰組も、今のような治安維持ばかりではなく、攘夷の急先鋒となるべきですよね」
ええ~っと思ったけど、この時代、外国は排除すべしっていう攘夷思想が普通なわけで、僕は無難に答えた。
「はぁ」
煮え切らない僕の返事に、山南さんが意外だというような表情で僕を見る。
「俊くんは、そう思いませんか?」
「あ~。そうですね」
何が『そう』なんだか。よくわからないまま、とりあえず返事。
「日本は神州不滅の国ですからね。異人など入れず、我々がしっかり守っていかなければ、ご先祖様に顔向けできません」
そうくるんだ…。
山南さんは、隊士の中では博学で通っている。つまり彼が話すことはこの時代の中で一般的な認識…のはず。
僕が黙って聞いているのを良いことに、山南さんは言葉を続けていく。
「朱子学によると、真の王は簒奪しないんです。朱子学が発達した大陸の王は代々、争って決まっています。ところが日本の王は建国以来天子様だったんです。そういう意味で日本はれっきとした中国なんですよ」
え? 中国? 中国って、あの中国? 隣の大きな国? 今は清じゃなかったっけ?
僕の戸惑いが顔に出ていたんだろう。山南さんが僕に微笑みかけた。
「中国っていうのは、朱子学にあるように世界の中心ってことですよ」
「はぁ」




