間章 読書(2)
「なんだ?」
「あ、仮名垣魯文の狐が出てくる絵草子ですよ。途中まで読んで、続きの入手を待ってたんです。この新刊が最後なのかな? 12巻ですね」
ぽりぽりと宮月が頭をかく。
「こんなの、女子供が読むようなもんだろう」
「いや~、そうなんですけどね。僕、かな文字読むのは、不得意なんですよね~」
いやに笑顔で言われて、しばらくしてから俺の頭にやつの言葉が入った。
「おい。なんて言った?」
「え? かな文字読むのは、不得意ですよ」
「てめぇ。前に人に歌を教えてやがるとか、言ってやがったくせに、読めねぇとは何事だ」
宮月がさらに笑顔になる。
「あ、あれね。山南さんにも言われたんですけど。ま、ああいうのは適当に言ってたんで」
「ああ?」
「読めませんでした。あはは~」
おい。
こいつ…またかよ。
まったく。こいつの話はどこまでが本気で、どこからが嘘だか分かりやしねぇ。
「あ、今は山南さんに教えてもらって、大分読めるようになったんですよ」
あはは~と、また無駄に笑顔を振りまく。
こいつの癖だな。ごまかしたくなると笑顔になるらしい。
「晴耕雨読って言うじゃないですか。このところ雨も降るし、まあ、本でも読もうかなと」
「読むんだったら、もっと有意義な本を読みやがれ」
「いやいや。十分、有意義ですよ。文字が読めるようになりますからね」
そう言って、宮月は本を抱えて、片手をひらひらとさせると行ってしまった。
しかし、あんなに沢山の本をいつ読みやがるんだ?
昼間は巡察か、稽古で時間が埋まるし、それ以外の時間、あいつらはどうやら洗濯したり掃除したりするらしい。
だったら夜か? 寝る時間がねぇだろうに。
山南さんはよく夜更かしして本を読んで寝不足だ…なんて言ってたこともあったが、あいつの場合、やけに元気で寝不足の顔なんか見たことねぇ。一体全体いつ読むんだよ。
読まねぇ本を借りるとも思えねぇし。
俺は首をかしげながら、本を抱えて去っていく奴の背中を見送った。




