第19章 正体(9)
見覚えのある天井。夕暮れの薄闇。ぱちぱちと瞬きをすると、隣から弱弱しい声が届いた。
「お兄ちゃん? 大丈夫?」
彩乃の声だ。まだぼーっとしていて、僕がそのまま寝転がっていると、視界に顔が写った。
「お兄ちゃん?」
大丈夫って聞きたいのは僕のほうだ。
今朝は気付いてなかったけど、彩乃の目には隈ができていて、僕の頬に伸ばした手はカサカサしていた。いつも白い頬が一層白く見えて、唇は紫色。調子が悪いことは一目瞭然だった。
「彩乃?」
「うん」
「他に誰かいる?」
「いないよ。みんな夕食に行った」
それだけ聞くと、僕は両腕で彩乃を引っ張った。よろけた細い身体は僕に抱きしめられる形で崩れてくる。
「お兄ちゃん?」
そのまま自分の襟元をはだけて、彩乃の前に首筋を出す。
「いいよ。吸って」
「え?」
「今日の昼間、人を二人、飲み込んだ」
「うそ…」
「ほんと。僕は元気だから僕から吸って?」
彩乃の喉がごくりと鳴る。
「酷い顔してるから。ごめんね。そんなに飢えさせて」
「お兄ちゃんのせいじゃないよ…」
「いや。守るって言ったのに」
「お兄ちゃんのせいじゃない」
「いいから。とにかく飲んで」
彩乃はもう一度喉を鳴らすとおずおずと僕の首に腕を伸ばしてきた。そして首筋に口付けてくる。
「ごめんなさい」
そう小さく呟くと、次の瞬間、ぷつりと音がして、首筋に淡い痛みが走った。覚悟していたよりも吸われる痛みは無かった。むしろなんか、痛気持ち良い感じ?
こくん。こくん。
彩乃の喉が鳴る。そしてそれはすぐに終わった。
「もっと飲めば?」
「大丈夫」
そう言って僕の首から顔をあげる。




