第19章 正体(8)
「さて。君たちは残るの? 死ぬよ?」
二人残った。
「くっ」
「僕に一太刀浴びせる?」
思わず舌なめずりをする。ああ、もうダメだ。本当にお腹が空いてるな。目の前の男から芳醇な血の香りが立ち上るのを、嗅覚でないところで感じる。
刀を抜きもせずに突っ立った僕のその仕草をどう受け取ったのか。
「やぁっ!」
そう叫んで、一人が斬りかかってきた。
早く…早く…血の味が欲しい。
思考停止。
その瞬間に僕は手っ取り早く尻尾を使った。
「うわぁ」
声を出したのは残ったもう一人の男。
僕に斬りかかった男は、僕の尻尾に吸い尽くされて、チリになった。人間の形に膨らんでいた着物から刀が落ちて、そしてぱさりと着物も地に落ちる。
僕の袴の裾からは、にょろにょろした尻尾が現れていて、もう一人の男の前に揺れていた。残った男は恐怖に目を見開いて、口をあけていて、顔色が悪い。
人間の顔色って一瞬で変わるんだな。
「残念だね。逃げる機会をあげたのにね」
そう言ったとたんに呪縛が解けたように、男が刀を投げ出して逃げようとした。そこを、僕は後ろから尻尾で刺す。
「もう逃げられないよ」
ドクン。
二人目の血が僕の身体に回る。
ああ。やっと一息ついた…。
そこでようやく僕は我に返った。
目の前には抜け殻のように二人分の着物と刀が落ちている。身体が重い。動けないほどじゃないけど。
力なく手近な木の根っこに腰を下ろして、僕は両手で顔を覆った。何も見たくなかった。僕が起こした惨劇だ。
僕はバカだ…。
よろよろとした足取りで逃げるように屯所に向かって歩きだして、しばらくしたころ、馬の足音が聞こえてきた。かなり急いた音だ。
「あ…」
足元ばかりみて歩いてきた僕が顔をあげると、疾走している馬に乗っているのは土方さんだった。
ご丁寧に僕が預けた馬まで連れている。
「宮月!」
疾走している馬から土方さんが怒鳴る。まだ距離があるのに、凄い大声。あっという間に馬が近づいてきて、そして急停車するように止まった。
「怪我は? どっか…、おめぇ、大丈夫か? いや」
慌てていて言葉になってない土方さんを僕は片手をあげて制した。
「大丈夫ですよ。怪我はしてません」
心は痛いけど。
「あいつらは…」
「あ…」
どうしよう。なんていうべき?
「逃がしたような?」
「なんで疑問形なんだよ」
あはは。僕は力なく笑って、そしてもう一度土方さんの顔を見てから安心して意識を手放した。
「おい。宮月。おい」
土方さんの僕を呼ぶ声が、遠くに聞こえた。




