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第19章  正体(7)

 疾走し始めた馬たちを見送って、静かに周りを見回す。


「狙っていた新撰組局長は行っちゃいました」


 そう言うとギラギラとした殺気を放ちながら男たちが木の陰から出てきた。


「残念ながら、今日の僕は非常に機嫌が悪いんだ」


 耳を澄ましたけど、彼ら以外の物音はしない。つまり目撃者はいないってことだ。


「選ばせてあげるよ」


 そう言って、僕はニヤリと嗤った。かなり残忍な笑みになったんじゃないかと思う。


「その一、怪我をしないうちに逃げる。その二、死体も残せずに殺される」


 さぁ、どうする?


「ふ、ふざけるな」


 一人がそう言ったけど、足が震えている。まだ僕は何も本気を出していない。目の色すら変わっていない。でも何か感じるところがあるのかもしれないな。


「げ、げんさい先生!」


 一人が一番後ろでゆったりと構えていた小柄で色白な男を振り返った。


「ここは引け」


 他の男たちとは違う、三十歳ぐらいのくせにやたら貫禄のある先生と呼ばれた男が言った。


「しかし…」


「この男を斬っても仕方ない。しかも何か策を弄しておるやもしれぬ」


 そういうと『先生』が背を向ける。


 僕がヘタに動いたら斬るぞ~って感じ、殺気まんまんの背中の向け方だけどね。なんか意外だな。強い視線から、もうちょっと気骨があるかと思ったんだけど。


 二人が『先生』の後を追って、背を向けた。


「そうそう。忠告。絶対に振り返らないほうがいいよ。塩の柱になる」


 そう言ったとたんに、『先生』の後を追った二人がピクリと肩を揺らして僕のほうを見ようとした。


「ダメだよ。何が聞こえても、絶対に振り返ってはいけない。振り返ったら、君たちも帰れなくなるよ」


 そう言うと、振り返ろうとした二人は慌てて、『先生』の後を追うべく足を速めた。



 塩の柱になるっていうのは、僕なりのジョークだ。聖書の中にそういう話があるんだよ。忠告されたのに振り返ってしまった人が塩の柱になっちゃうっていう話がね。


 でも…この場合は塩の柱じゃなくて、姿かたちも消える…。



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