序章 始まり(1)
今、僕が置かれている状況は…といえば、薄暗い土蔵の中で刀を持った男数人に囲まれている。
「てめえら何者だ」と一人は、かなりキツイ口調で言うけれど、それに正直に答えるのはどうなのかな。
僕の後ろには妹の彩乃がいて、見えないけれど不安そうな雰囲気をかもし出している。きっと眉毛をへの字にして、口を硬く閉じて、ぎゅっと手を握っているに違いない。微かに握った手の感触が背中のシャツ越しに感じられる。
僕たちは経済が発展し、科学も発展した現代にさっきまでいた。最近、うちの教会の裏で猫がいなくなったというので、それを彩乃と二人で探していたわけだ。ここのところ迷い犬、迷い猫と、うちの付近でいなくなったという話がいくつかあって、それも気になっていたんだけれども。
探しながら、裏の桜の木の下に、妙な穴があるなぁと思ったら、彩乃が足を滑らせて、とっさに手を差し出した僕まで引きずられるように、穴の中に落ちていた。
そうしたら、いつのまにか見知らぬ場所で、やけに木々の緑がきれいだなぁ、なんてのんきに見ていたんだよね。きょろきょろしていたら、いつのまにか見知らぬ、しかも時代がかった人たちに囲まれて、返事も何もしなかったら、そのまんまここへ放りこまれた。
まいったね。いや、そんなにまいってないけど。
刀があっても、誰であろうと、僕らを殺すのはちょっと苦労するだろう。だって僕らはちょっとぐらいじゃ死なない。傷はすぐに治るし、病気もしない。手は切り落とされたら痛いけど、すぐにだったらくっつく。生えてくるかどうかは、試したことはない。今だったら一ヶ月ぐらい飲まず食わずでも生きていられる。さすがにその先は、その…特別な食事が必要になるけれどね。
その特別な僕たちの食事というのは、人間の血だ。
牛とか豚とかの血でも多少は持つけど、でも適合率が悪いのか、いまひとつエネルギーに転換されない。ぶっちゃけ腹が満たされない。
分かりやすいように言うならバンパイア。吸血鬼とも言われるやつだ。現代では人を襲ったりしないから、吸血「鬼」と呼ばれるのは、非常に不本意だね。輸血用の血液をちょっと拝借しながら生きているから、大人しいもんでしょ。すでに一族は散り散りになってしまって、正体を隠してあちこちで細々と暮らしている。天然記念物なみに珍しい種族なんだよ。僕らは。
まあ、話がそれてしまったけれど、知らない場所に来てしまったらしい僕らは刀を持って、ちょんまげを結った男たちに囲まれている。
ああ、彩乃がジーンズで良かったな~って僕は思っていた。
だって、ほら、かわいい妹の足で欲情する男の姿なんて、兄として見たくないでしょ。すっごくかわいいんだよ。彩乃は。18歳で、今年から大学生の予定。さらさらとした長い黒髪に、ぱっちりとした二重まぶた。長いまつげ。可憐な唇。華奢な体つきなのに、出るところは出てる。いや、妹とは言え、僕も男だからね。見るところは見ているわけだ。
そして彩乃はおっとりしてるから、僕が守ってあげないと…って、そんな気持ちになる。実際は妹なんだから、僕の血族で、彩乃も殺しても死なないんだけど、それは気持ちとは関係ないよね。
さて、どうしようかな。
「てめぇ、だんまりを決め込むつもりか」
記憶の中の画像を一つ一つたどる。この人の顔、どっかで見たことあるな~と。ちなみに僕は結構記憶力がいい。無駄なものばかり記憶していると人から言われることがあるけどね。
「今、何年です?」
「あ?」
突然の僕の質問で、どうやら相手は虚を突かれたらしい。
「だから、今、何年です?」
「文久3年です。ついでに卯月の六日です」
さっきから脅しをかけるようにしていた男の影から、比較的細身な男性が表れて教えてくれた。
なるほどね。文久っていうのは日本の元号の一つ。江戸時代末期にあたる。
「ベタだな~」