第18章 恋の行方(1)
昼間はふらふらと~と思っていたんだけれど、まだ寒い如月。僕がいられる場所はそんなになく、結局、善右衛門さんのところで一室借りて本を読みながらゴロゴロしている。
昔から、本を読みながらゴロゴロするのが大好きなんだよね。
子供が読むような仮名草子だの絵巻物だの。このぐらいなら僕にでも読めるようにはなっていた。
「宮月様。お茶を持ってまいりました。どうぞ」
すっと障子が開いて、小夜さんがお盆にお茶を乗せて入ってくる。
「あ、ありがとう」
僕はそう言って、丁度読んでいた本を置いた。
「庭の桃が咲き始めました。春も近いですね」
小夜さんはそう言って、開けた障子の隙間から見える庭を見た。たしかに桃が咲き始めている。梅が咲いて、桃が咲いて、後しばらくしたら桜も咲くだろう。
あ~、来月は弥生(三月)かぁ。彩乃の誕生日が近いなぁ。
「お小夜さん」
「はい?」
「妹に何を買ってやったら喜ぶでしょうね」
小夜さんは、ちょっと驚いた顔をしたけれど、でもすぐに考え始める。
「実は櫛と鏡は買ってやったので、それ以外で」
それを聞いて、ふふふと小夜さんが笑みをこぼした。
「何か?」
「いえ。殿方から櫛を送るのは夫婦になるときと言われておりますの」
えっ?
「い、いや、僕はそんなつもりはないよ。妹だし」
多少慌てながらそう言うと、小夜さんはおかしそうにひとしきり上品に笑った後で、
「わかっております。妹様でしたら、そのようなお考えではありませんでしょう。それに宮月様は、他の方々とどこか違う考え方をお持ちだと父も申しておりました」
と言って、じっと僕を見てくる。そしてふっと目を伏せた。
「少しうらやましかっただけでございます」
そう小さな、多分人間なら聞き取れないくらい小さな声で言った。
あ~。ごめん。小夜さん。
僕は聞こえなかったふりをして、伸びをすると立ち上がった。
「さて。そろそろ行こうかな。あまりのんびりしてると土方さんにどやされそうだし」
読みかけだった本をきちんと部屋の隅に置く。
「お茶、ご馳走様でした。これで帰るから、善右衛門さんによろしく伝えて」
「はい」
小夜さんが、微笑む。
「明日もまたお待ちいたしております」
そう綺麗に頭を下げる小夜さんに、僕は苦笑いをするしかない。
「えっと…屯所が暇だったらね」
「はい」
小夜さんの声を背に、僕は善右衛門さんの家の裏口から立ち去った。




