間章 想い(1)
------ 山南視点 ----------
「これ、ありがとうございました」
そっと書物を差し出した沖田くんを部屋に招きいれると、彼はすぐに私の蔵書を眺め始めます。今日返しに来た書物は、星に関するものです。先日、何気なく借りていったものでしたが、読んだのでしょうか。
京にくる以前は、よくこのように部屋に来ては、私の蔵書を眺めに来ていましたね。稀に借りていくこともあり、書物の話ができるのは楽しいものでした。京に来るときに、私が蔵書を置いてきたというのもありますが、最近はほとんど寄りつかなくなってしまって。
茶を入れようと用意し始めると、すぐに彼が代わってくれました。
そして向かいあって茶を飲むこと、しばし。
沖田くんが来ると分かっていたら、茶菓子の一つでも用意しておいたんですが、あいにく何もありません。
「星の書物は読んでみましたか?」
私が問うと、沖田くんがにっこりと笑って頷きました。
「はい。いくつかは知っていましたが、知らないものもあり、非常に興味深かったです」
「そうですか。天文学は昔から陰陽道の一つとして学ばれている学問です。興味があったら…まだいくつか星読みに関するものもあったと思いますけれど…」
そう言って他の書物を探そうとすると、慌てたように沖田くんが私を止めました。昔からそうなのですよ。一つ読んで、面白かったらもっと難しいものを読むと学問が深まるものなのですが、その前に沖田くんは止めてしまうのです。
「『文事ある者は必ず武備あり』と「史記」にも書かれていますが、文武両道ですよ。沖田くん」
さらりと史書から引いてみせれば、沖田くんは情けない顔で「はぁ」と苦笑いをしました。
あの女人…宮月くんの妹の…彩乃さんといいましたか。あの方と壬生寺で遊んでいる時間があるようでしたら、書物の一つでも読めばいいと思うのですが。
「彩乃さんとは、どうですか」
嫌味の一つでも言ってみたくなり、そう問えば、沖田くんがお茶を噴出しました。懐から出した手ぬぐいで慌てて私の着物を拭いてくれます。
「ど、どうとは…」
「同じ屯所の中。同衾でもしましたか」
ちょっと下世話ですが、沖田くんの慌て具合を見て思わず言ってみました。思惑通り、沖田くんが目を白黒させています。
「ど、どうきん…って。山南さんからそんな言葉出るとは思いませんでした」
「そのぐらいの言葉、私でも知っています」
「いえ、そういう意味ではなくて…」
そうでしょう。男女の仲の話に私はあまり関わりませんから。酔っ払って女人の品定めをしたり、下品な話をしたりするのもあまり好きではありません。
でも弟のように思っている沖田くんの慌てぶりを見ていたら、もっとからかってみたくなりました。いけないことだとは思いつつ、思わず困らせたくなります。
「彩乃さん、可愛い人ですよね」
そう言ったとたんに、キッと私のことを睨んできます。
「ダメです。山南さんでも渡しません」
思わず笑いそうになるのをこらえて、私はすました顔で沖田くんを見ました。
「おや。そんなにご執心ですか」
「そんなんじゃありません」
おや?
「大切に思うんです」
私はまじまじと沖田くんを見ました。京ではすぐそばに島原があり、若い隊士はお金さえあれば通うものも少なくありません。そうでなくても男ばかりの中で、近場の村に行き、発散する目的で若い女といい仲になるものも多いのです。




