第16章 血脈(5)
「ま、それまで、お互いにがんばろう」
「お互い?」
父さんがニヤリと嗤う。
「おまえ、会津藩側だろ? 数日前、川べりで警護している侍の集団の中に、おまえを見かけた。しかし、お前が人間の中で団体行動できるようになるとは思わなかったな」
そう言って、父さんはニヤリと嗤った。
「本当に人間嫌いだったのが嘘みたいだ。150年経つとさすがに変わるもんだな」
「いや、そこ、蒸し返さなくていいから」
ある意味、僕にも過去があるわけで…それを父親から指摘されるのは、なんだかこそばゆいというか、触られたくない。
そんな僕を見て、父さんはクィッと肩をすくめた。
「実は、俺、長州藩側なんだ。長州藩士が何人か…、伊藤なんとかとか、井上なんとかとか、こっそりと俺のツテでイギリスに留学に来ててね。それでこの待遇」
彩乃が息を飲む。
ごくりと唾を飲み込んだ僕の額を父さんがはたいた。
「ばか。息子を…娘もか…殺すようなマネはしないから安心しておけ」
そしてもう一回ニッと嗤って、人差し指で自分の頭を指差した。
「それに一応、歴史は頭に入れてある。だからお前たち、本格的になる前に、そこから逃げろよ」
僕は頷いた。
「それと、日本語は喋れないってことになっているから、万が一、会ったときには、よろしく」
そう言って、父さんは綺麗なウィンクをしてきた。
父さんに見送られて屋敷の外に出るともう空が白み始めていた。早く戻らないとまずいな。
その前に僕はふと思いついて、質問をする。
「父さん、今ここにいる父さんはいつの父さん?」
「うーん。どうだろうな。俺はいつでも、どこにでもいるからな」
「質問が悪かったよ。じゃあ、いくつ?」
「それも何を基準にするかだな」
「あ~、もう。じゃあ、父さんが認識している家族は何人?」
「三人。彩乃は生まれてなかった」
そこで言葉を切って、彩乃のほうを見る。温かい目だった。
「かわいい娘を持つんだな」
そっと彩乃の傍に言って、肩に手をかけた。
「抱きしめてもいいかな?」
彩乃がこっくりと頷く。
父さんは恐る恐るというように彩乃を抱きしめた。
「十八って言ったか。生まれてすぐ、俺は死んだんだってな。悪かったな。寂しい思いをさせて」
「お父さん?」
彩乃が首をかしげる。
「うん。お父さんだね。俺が。彩乃には俺の母親の面影があるよ」
彩乃がぎゅっと父さんに抱きついた。




