第16章 血脈(2)
「出てきてよ」
そう声をかけるけど、出てこない。
「僕一人だから。出てきて」
僕は全身を緊張させながら呼びかけた。角から、月灯りを背に、背の高い男がふらりと姿を現した。
黒髪と碧眼の持ち主で、鼻が高くて、整った顔をしている。細身の体躯で、背は高く。髭を生やしていて、外見年齢は三十代後半から四十代前半っていうところか。
「父さん」
僕の父親にぴったりと当てはまる人物が、僕の目の前にいた。
「あ~。まずは…本物?」
僕がそう言うと、父さんがにやりと嗤う。
「というか、お前こそ、なんでこんなところにいるんだ?」
昔と変わらない、ビロードのような柔らかなバリトン。
「いや、何でか…って、なんで生きてるの?」
「は?」
「父さん、死んだでしょ?」
「死んだのか?」
あ~、会話がかみ合わない。
「父さん、死んだでしょ。十八年前に」
いや、ちょっと待って。今は150年前だから、あれ?
「え? っていうか、なんでこの時代のここに父さんがいるの?」
たしかこの時期って、僕もイギリスにいたけど、父さんもヨーロッパから出ていなかったはず。
「落ち着け」
「いや、落ち着いてるけど…。ごめん。父さん、今の父さん、いつの父さん?」
「おまえはいつのお前だ?」
いや、質問に質問で返さないでよ。
父さんが近寄ってきて、僕の肩を叩く。あ、これ、父さんの癖なんだよね。人の肩、叩くの。
「父さんにちょっと話を聞きたいんだけど…、その前に彩乃つれてくるから」
「彩乃?」
「え? まさか娘の名前、知らない? っていうか、知らないか」
「俺に娘がいるのか?」
「うん。知ってる?」
「いや、作った覚えがない」
あ~。もう。
「ちょっと細かい話は後。とりあえず、お願いだからここに居て」
「目立つから、嫌だ」
僕はがくりと肩を落とす。そりゃそうだ。なんで碧眼で、明らかに異人ってわかる父さんが、こんなところをウロウロしてるんだか。
余談だけど、僕と彩乃の普段の瞳は母親似だ。ヘーゼルだけど、このぐらいの茶色の瞳だったら日本人でもいるからね。この時代では母さんに感謝だ。




