第15章 酔っ払い(2)
一番印象が深かったのは、山南さんだ。
「俊くん、起きていますか?」
かなり小さな声で、山南さんが障子の外から呼ぶんだよ。
「起きてますけど」
って言いながら、障子を開けたら黒尽くめで、頭巾を被った山南さんがいて、入れてくれって言ったわけ。
おかしいな~、今日は襲撃のはずだよな~って思いながら、山南さんを入れたら、山南さんが僕と彩乃にペコリと挨拶して、こう言った。
「あ~、すみませんが。しばらくここに居させてください」
「はい?」
彩乃と僕の声が重なった。
「君たちの部屋を襲うのは私の役目なんですけどね、どうせ君たち、気付きますよね」
っていうか、起きてたし。
「だから無駄なことは止めました。このことは内密に」
そう言って、いたずらっ子のように笑うと、すとんと僕たちの蒲団の間に座り込む。
その間に向こう側からは、またしても雄たけびが聞こえてきた。大部屋のほうだね。
「本当に君たちは気配に敏感ですよねぇ」
山南さんは目を細めて、感心したように言った。
「誰一人として、君たちの襲撃に成功してないですよね」
まあ、事前に計画を聞いちゃっているし。その上、僕たち、寝なくても平気だし。さらに匂いとかにも敏感だし。
返事のしようがなくて、困りきって山南さんを見ていたら、僕の視線に気付いて、見事な笑顔が返ってきた。
「私としては、返事がなければ踏み込もうと思ったんですけどね、そうじゃなければ、まず無理だと思ったんで、無駄なことをするのは止めたんです」
「はぁ」
と僕。
「いいんですか?」
と彩乃。
彩乃はまじめだからね。リリアの時間帯じゃなくていろんな意味で良かった。
「はい。備えることがこの訓練の目的の一つでもありますから。いつでも備えているなら、必要ないんじゃないですか? まあ、抜き打ちで確認はさせてもらいますけど」
あ、一応、釘刺すんだ(笑)
ということで、山南さんは僕たちとぽつりぽつりと会話を交わすと、大部屋が静かになったのを見計らって僕たちの部屋を後にした。
そしてその後は、平隊士が次から次へと僕たちの部屋にくることになったわけだ。まったくいい迷惑だよ。
大抵のパターンは、うぉーとか、雄たけびを響かせて数人で襲ってくる。最初は八十八くん一人だったんだけど、誰も僕たちに一太刀も浴びせられないって話になったら、大勢で踏み込んでくるようになっちゃってさ。
障子を壊す奴はいるし、足が汚いから蒲団汚れるし…。来たついでに物が無くなることもあるし。まあそのへんに出してある御菓子ぐらいなもんだけど。筆と扇子も持っていかれたな。そういえば。
だから段々、こっちも用意が大変で。
まずはこまごまとしたものは、全部隠す。それから蒲団の上に自家製のシーツをかける。さらしを何枚か縫い合わせたもんだ。これだったら洗えるからね。
そして襲われて叩かれるのはいやなので、木刀を用意する。
それで向こうが障子を開けた瞬間に、大抵、僕が蹴りだして、彩乃が木刀で左肩を狙って、打撲傷を与える。
またはあまりに障子の外でうるさい場合には、こっちから逆に仕掛けるときもあるけどね。木刀を振りかざしながら、おりゃ~って大声を出して、障子を開けたら、わらわらと蜘蛛の子を散らすように逃げたよ。
この訓練、本当に僕らにはまったく意味がない。
ちなみに僕も襲えって言われたんで、大部屋に行って襲ってきたけどね。数人でやるから、一番後ろについていって、「わーっ」って声だして来ただけ。
本当は斉藤に仕返ししたいんだけど。幹部は襲わないことになっているんで、今だに、驚かせることができない。いつか、なんかでお返ししないとね~。ふふふ。




